第19話 蒼きパンドーラの枝

美大では、長い時代、きびしいデッサンの基礎訓練が行われていた。


来る日も来る日も狂うほどの鍛錬の彫刻科だった。


新しい立体造形、抽象形態が持ち込まれた時代も、それは、地獄の特訓の合間に飲む程度であり、胃に落ちる前に蒸発していた。


しかし、ダイラがを起こした時期には、すでにパンドーラの箱が開かれていたと言われている。


2度のバリケード封鎖以降、美大の体制は大きく変わっていったが、そう容易たやすく人のつくるモノは変化しない。


特に日本人は調に弱い民族であるからだ。


ダイラの先輩にがいた。


ピカソはから、絵を崩しても凄いんだ。


これがであることは、誰もが気付いていた。


デッサンが凄けりゃ、スゲェアーティストになるのか!



ちまたでは、モノ派やダダイスムなど、デッサンを無視した毛色の異なった表現が渦巻き始めていたが、美大のデッサン欲は中々のものだった。


そんな圧力の中、デッサンがが入学してきた。


彼女は、鉄工房で、いつも鉄クズを集めては、して遊んでいた。


当時、彫刻科には男性が多く、女性の存在は珍しかった。


同調圧力にす男子学生は多くいたが、彼女だけは違った。


適当にくっつけた鉄の集合体を講評会にいつも提出していた。


教授からは、目をつけられ、デッサンを描かない彼女は相手にされなかった。


と思われていたからだ。


重い素材をする風潮があった中、彼女がつくる作品だけは、鉄という重い素材なのに、なぜかに見えた。


遊びでつくったものに、芸術性があるのか?と訝し気いぶかしげな同期の視線を全く気にせず、彼女はつくり続けた。


ある日、鉄工房に、大きな鉄の箱の四方八方に、無数の鉄の輪が、空中を舞うかのようにリズミカルに溶接され展示されていた。箱に丸い輪が生えているかのようだった。


パンドーラの箱が瞬間だった。


彫刻科の学生たちや教授陣は、鉄をこんなに軽くリズミカルに美しく見せる方法があったことに度肝を抜かれた。


というフランスの画家が発明した技法がある。


ジャクソン・ポロックもその技法で天才アーティストとなった。


無意識に手を動かし、できた線や色をそのまま絵にする。


簡単なようで実は難しい。


自分を疑う心に邪魔されるからだ。


こっくりさんをにできないのと同じように。


これが本当にいいのか?これをやり続けていいのか?疑問をもつと手が止まる。


彫刻科のパンドーラは、それを鉄でやってのけた。


鉄の重さや、同調圧力に伏すことなく、即興的にみせた。


彼女の存在は、その後入学してくる学生たちのとなった。


デッサンなんかしなくったて、スゲェーアーティストになった人がいる。


このにより、彫刻科のが到来した。


環境が時代を変えることもあるし、一人のが空気を一変することもある。


その中で、ダイラのされ、後の活躍につながった。


ただし、パンドーラの成功を形だけ真似し、鉄の藻屑もくずとなった学生も数多くいた。

















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