第14話 バオバブ3~アイデンティテー~

椎名林檎が看護師の格好で窓ガラスを突き破るをリリースした。


もうこの時代は、くらいしかないんじゃないかという雰囲気が美大には漂っていた。


ダイラは研究室でテレビをつけると、たけしとたかしジが挟まれているワンシーンを目撃した。


ピカソという、クリエーターの卵が作品を見せ合い、現代アーティストや評論家から評価を得ながら、勝ち抜きバトルをする番組だった。


お笑いスター誕生のアート版だ。コウジは順調に勝ち進んでいた。


コウジはデザイン科の助手をしていたため、ダイラはよく知っていた。


「ダイラさん、彫刻科に入っても先がないから、僕はデザイン科に入りました。」


見た目はバリバリの彫刻学生(坊主でツナギ)だったが、彫刻科にはいない、知性が宿るやどタイプだった。合理的な物言いがクールだった。


コウジはチェンソーを振り回し、黒く大きな箱をメタメタに切り刻むと、中から鉄でつくったドーベルマンが出現し、モーターでぎこちなく暴れ出すパフォーマンスを美大の図書館前で披露していた。


動きは激しいが、汗一つかかない。


キックボクシングや極真空手で鍛えた心技体が、破壊と創造のを華麗に維持していた。


田舎から出てきた学生は皆ビビッていた。


彫刻科の学生たちは、黒船を見る農民のように、畑仕事制作をする手を止めた。


ダイラは、小さな彫刻学科の中で悶々もんもんとする学生たちを見ていると、コウジのような新しい血を入れる必要があると直観で感じていた。


「ダイラさん、彫刻科の連中はやっぱり難しいです。デザインの視点が薄く、ぐに個人的な内面描写・純粋芸術(ファインアート)に陥るんです。視野を広げようにも、人の話を聞かないし、聞いたふりして、受け入れていない。原始時代の人間か?と思う程、頑なかたくな感じです。」


ダイラは、特別講師として、コウジを彫刻科の講義に招いていた。


「まぁ、確かに固いところあるよね。ポップさを嫌うというか、受験のデッサンだって、彫刻学生は木炭で真っ黒くするだろ。デザイン科はピシャッと美しく描くけど。そこから、何か違うんだよね。人目を気にしないというか、汚いモノの中に美があるようなことを思い込んじゃっているんだよね。」


「僕もそれはよく分かります。僕は本能的に破壊しているをしているけど、それはであって、内面とは切り離して考えている。彫刻科の学生は、内面と表現が中々切り離せない。それも一つの魅力ですが、デザイン科からすると、どうしても幼く見えてしまうんです。自然て綺麗じゃないですか。薄汚れているのは、人の心だと思うんです。その汚れをいくら表したってが開かない。そこに気付いてほしいんですが・・。」


ダイラは、美大の講師としての仕事に疑問を持ち始めていたが、コウジの指摘を受けて、自分の立ち位置、彫刻科のひずみについて考えた。


豪快さや大胆さの中に潜む、歪んだ美しさみたいなものをバオバブに込めることにした。


彫刻科で育った、他の何者でもない自分自身のを忘れないためにも。














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