第9話 TOKYO UNIT LIFE

 吉原治良、戦後関西を代表する芸術運動「具体美術協会」の創始者の言葉である。吉原は晩年、〇(円)を描いた。この作品はゲシュタルト心理学で用いられる、の関係を追求している。ルビンの壺でいう、人間の横顔に見えたり、壺に見えたりの関係性なんだよ。おーい、市川くん、起きてるかーい?」


美大の日本近代美術論の講座は、いつも眠くなる。


ダイラはノートに小さく「平」を書きまくり、ゲシュタルト崩壊を楽しんでいた。


小平野外展で展示した後、自分と社会を繋ぐ何かの一つの答えを生み出せたことで、ダイラはバーンアウトしていた。


最近は、鉄工房へ入ると、壁に背をもたれ座り込み、グラインダーで必死にバリを削る仲間をぼーと見つめるだけだった。


「オレはどこに向かおうとしているのだろうか?」


夕方、FRP工房で作品をつくっていた、先輩が、ダイラの様子が心配になり鉄工房まで来てくれた。


「おっす。元気ないね。男神輿もボイコットして、野外展にかけた代償だな。おれと一緒に後夜祭で暴れてれば、よかったんだよ。人間はもろいんだから。どこかでにならないとバランスがとれないようになっているんだぞ。特に彫刻なんて、世間からは特に期待されていない分野なんだから、俺たちが新しいものつくって、世間を驚かすには、神輿でもやって疑似的に心のバランスを崩しつつも、正気を取り戻すエネルギーでつくらないともたないよ。評価なんて、死後のお楽しみなんだから。ちょっと早くに世間に注目され過ぎちゃったんじゃないの。そのうち、いつものダイラに戻るよ。」


ハガマダ先輩は、鬱屈とした彫刻科に男神輿を持ち込んだパイオニアだった。


男神輿余興という歌を5番までつくり上げた、天才プロデューサーと同胞からは呼ばれていた。


ハガマダ先輩も、若くして評価されていたが、熟練者のようなひょうひょうとした雰囲気を醸し出し、ゲゲゲの鬼太郎でいうだった。


工房の換気扇が壊れかけ、妙にうるさい日だった。


ダイラは山手線を乗り継ぎ、新宿の雑居ビルで個展をしていた友だちに会いに行った。


渡された手描きの地図があまりにも下手くそで、妙なビルに迷い込み、階段を上り続けているうちに、屋上まで上がってしまった。


屋上に出た途端、室外機のが目の前に現れた。


何とも言えぬ低く掠れた音が響き、閉塞感と、開放感を同時に演出していた。


普段、誰も目にしない圧倒的な光景を見た驚きと、見れば見るほど、意味が失われ、別のものに見えてくる不思議なゲシュタルト(形)を感じた。


見え無いはずの星空が、室外機の鉄板に無数に浮かび上がった。


室外機の周りで、山手線の電車が大きな円を描き静かに走る。


子どもの頃、隣の家の屋上にあった給水タンクの周りを電車が走ったを思い出した。


全てのゲシュタルトかたちが崩壊し、繋がった。


ダイラは、友だちの個展へは行かず、鉄工房に急いで戻った。


工房の中で、ゆっくり回る換気扇の音が聞こえなくなっていた。













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