第6話
「待ちなさい、リオン君!」
帰ろうとする俺を呼び止めたのはギルドマスターである。
話し合いの最中、ずっと黙っていたはずのギルドマスターがわざわざ追いかけてきた。
「何か用か? 応接間にはあの男がいるはずだが、放っておいていいのかな?」
「彼だったら泣き崩れているわ。面倒だから放っておいたのだけど……貴方に話があって追いかけてきたのよ」
「話……? ひょっとして、貴女まで俺にレンガルト王国に行けと言うのか?」
やや警戒しながら訊ねると、ギルドマスターは首を振った。
「冒険者は世界でもっとも自由な者。ましてや、Sランク冒険者である貴方に何かを強制なんてできないから」
「それじゃあ、何の用ですか?」
「どうしても、確認しておきたいことがあったのよ……リオン君。あなたは意図的にレンガルト王国に魔物を送り込んだわけじゃないわよね?」
「…………」
俺は黙り込んだ。
ギルドマスターが静かな口調で問いを連ねる。
「レンガルト王国における魔物の被害が増えるのは異常よ。冒険者ギルドも対処できず、国から撤退することだって視野に入れているわ」
「…………」
「リオン君、貴方は依頼を利用して周辺の国々から魔物を追いやり、レンガルト王国に誘導しているのではないかしら?」
「……さあ、どうかな」
俺は苦笑して肩をすくめた。
「誓って言うが……意図して魔物を送り込んだりはしていない。ただ、レンガルト王国の方角に逃げる魔物を追撃せずに見逃しはしたが……それは罪にならないよな」
「……貴方は母親に冤罪を被せて追放した国に復讐しているのね」
「……復讐とは違う。ただの嫌がらせだ」
幼い頃から、母親が悪役令嬢だったという話を言い聞かせられてきた。
しかし、母は一度として「復讐して欲しい」などと頼んだりはしていない。
「王太子……俺の父親である現・国王は母に冤罪を被せて追放した。祖父の公爵は母を助けることなく見捨てて、叔母は母の地位を奪い取った。騎士や貴族は王太子の暴走を止めることなく、国民は国境の外に連行される母に笑いながら石を投げたらしい。あの国に救う価値のある人間なんていない。これくらいの嫌がらせは許されるべきじゃないか?」
「……そうね。本当はお説教をしたいけど、罪を犯しているわけでもない貴方を責める権利を私は持っていないわね」
ギルドマスターは物憂げに瞳を閉じて息を吐く。年上の美女の色っぽい溜息である。
「あの国からはギルドは撤退したほうがよさそうね。共倒れなんてしていられないわ」
「……滅びるかな。レンガルト王国は」
「国王が病で倒れて、王妃が産んだ子は王家の血を引いていない。公爵も責められて指揮は無茶苦茶。逆転の一手として貴方を迎え入れようとしたのも失敗……手立て無しね。滅亡は時間の問題よ」
「そうかよ……」
「それと……これは言いふらさないで欲しいのだけど、どうやら我が国はレンガルト王国が滅亡するのを待っているみたいなのよ。魔物に滅ぼされてから、『魔物の巣窟となった土地を人間の手に取り戻す』という名目で占領しようとしてるみたい」
「それは賢い手だな。人間同士で戦争することなく土地を奪うことができる」
国家間で戦争を起こせば他の国々から非難を浴びることになるかもしれないが、魔物に滅ぼされた後だったら何の問題もない。
合法的にレンガルト王国の土地を占領下に置くことができるだろう。
「じきにギルドにも魔物討伐の依頼があるだろうから……その時は貴方にも働いてもらうことになるわよ? もちろん、嫌とは言わないわよね?」
「構わないとも。あの国が滅んだあとだった働こう。もちろん、報酬はもらうけどな」
大袈裟に両手を広げて言って、今度こそギルドマスターの前から立ち去った。
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