僕のヒーロー

因幡寧

第1話

 少し画面が傷ついている。僕はそれを指でなぞりながら考え込む。対面の相手はそんな僕の姿を見て勝利を確信しているようだった。


「降参したらどう?」


 彼女は自らの手札を机に置いてふんぞり返る。中心に据えられたらバトルシステムの上にはホログラム投影された彼女のエースと、それによって呼び出されたトークンが同じ様にふんぞり返っていて、そのすぐ前にある僕の陣地にはなにもいない。

 僕はこのターン彼女のエースを破壊するか、守りを固めるかしなければならなかった。そうしなければ総攻撃を受けて僕の三つあるライフはすべて削られてしまうからだ。


「……僕はベースカードを裏側で出してその上にクローボットを召喚」


 僕の手から中心のバトルシステムにセットされたカードから絵柄が消え、ホログラム投影される。彼女はこの臨場感のあるシステムが好きだった。だからこそ部室ではなくわざわざカードショップのデュエルスペースまで来ているのだ。


「ターンエンド」


 その僕の声に彼女は嬉しそうに笑った。


「無駄なあがきね。その裏側表示のベースが何であっても、私のエースの攻撃はベースごと相手を墓地に送る。それに……」


 彼女はターン開始時に引いたカードを見て、さらにその笑みを深めた。


「場のトークン2体をベースにしてパウンドケルベロスを召喚。こいつはベースの数だけ攻撃できる。終わりよ。行け、私のエース!」


 プリンセスクラウンを頭につけた高貴な姿をしている彼女のエースは僕のクローボットの頭上に巨大なお菓子の剣を出現させる。そして、僕のベースカードまで止まることなくその剣は振り下ろされた。


 ガラスが割れるようなSEと共にホログラムが離散する。僕は破壊されたことで絵柄の戻ってきたカードを墓地ゾーンに置き、宣言した。


「ベースカードである魔弾のスナイパーが墓地に送られたことで、効果を発動」


「えぇ!? 魔弾のスナイパーってあなたのボットデッキに入れるようなカードじゃないでしょ!?」


「……僕は相手の場から一体を選択し破壊することができる。パウンドケルベロスを破壊」


 遠く彼方からスナイプされた演出が入り、パウンドケルベロスのホログラムが破壊される。


「さらにクローボットの効果でデッキからボットカードをサーチ。僕はウイルスボットを宣言する」


 デッキ一番上のカードに表示された候補の中からウイルスボットを選択し、一枚めくる。めくったカードがウイルスボットであることを彼女に確認させてから僕は手札に加えた。


「むぅ。ターンエンド」


「僕のターン。ドロー」


 引いたカードはメタルナイト・グローリーだった。……また彼女に文句を言われそうだ。


「僕はウイルスボットを召喚。このカードは相手のベースを奪って自らのベースにすることができる。奪うのは当然パウンドケルベロスが乗っていたベースだ」


 二枚分のベースの上に現れるウイルスボット。


「そして、ウイルスボットもベース化。顕れろ、僕のヒーロー。メタルナイト・グローリー」


 三枚のベースの上に召喚される鋼鉄の騎士。その背後には神々しい羽を背負っていた。


「……うえー。やば」


「このカードは攻撃対象の防御を貫通しプレイヤーに直接ダメージを与える。僕の勝ちだ。メタルナイト・グローリーでアタック」


 ホログラムが相手のエースを貫き、彼女の前にあるライフまで破壊する。……そして、彼女のライフがゼロになり、バトルシステムが終了した。


「……あーもう。納得いかない」


 カードを回収しながら彼女がつぶやく。


「メタルナイト・グローリーってあなたの物量で攻めるボットデッキと相性はそんなによくないじゃない。魔弾のスナイパーといい、なんでそんなの入れてるのよ」


「なんでって、それは……。好きなカードだからとしか」


「普通好きなカードばっか入れてたら中途半端になって勝てないでしょ? それなのになんで私が負けるのよ」


 僕が困ったように笑うと、彼女は気持ちを切り替えたのか立ち上がる。


「まあいいわ。せっかく来たんだしカード売り場も見に行きましょ」


 そして僕についてくるようにジェスチャーした。


 ――大きなデジタルパネルに表示されたカード群を見る彼女の後姿を見ながら、僕はふと昔のことを思い出す。僕が好きなカードばかり使うようになったのは彼女の影響が確かにあったのだ。


 彼女は好きなことに対してとかく行動的だった。カードゲーム部を学校に認めさせ、部員を集めるために校内のカードゲーマーを片っ端からスカウトした。……僕はその中に偶然入っていただけだ。今という時間だって本来の約束の相手が急に来られなくなって、たまたま部室にいた僕が勝負を挑まれただけだった。


 そんな姿を見て、その姿にどこかあこがれて、少しでも好きなことに正直でいようと思った。だから僕はたとえ相性が悪くても好きなカードでデッキを組むことにしている。彼女の言い分は正しく、僕は普通なら彼女には勝てなかっただろう。今日は運がよかっただけだ。それでも、そんなデッキで彼女に勝てたという事実で僕の好きなことに対する正直さが報われた気がして、僕はデッキホルダーをぎゅっと握りしめた。

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