頼りのない探偵脚本家

…引越しするんですね。」

「………………え?」

「先輩はこれから、僕に「本当は引越しする。」という内容の告白をするんです。」

「ほ、ほう。とりあえず面白そうだから聞いておこう。」

「聞いて驚いてください。」

「私は答えを知ってるわけだがね。」

「順を追って説明しましょう。」

「頼む。」

「先輩は大学進学を機に引越しをしなければならなくなった。」

「ほうほう。」

「そこで先輩は思ったんです。地元での生活が名残惜しい。そして、自分が引っ越すことを友人に伝えなきゃいけない。だから今回僕を誘ってこの篠前神社へ来た。これが僕の仮説です。」

「根拠は?」

「根拠は先輩の言動からです。」

「言動?」

「今日は一粒万倍日の日です。」

「そのはずだ。」

「一粒万倍日は何かを告白することや発展させることに縁起のいい日なんです。」

「そうだね。」

「先輩は「友人に引っ越すと告白すること」と、「引越した先での生活の発展」を祈って、今日に決行したんです。」

「なるほど。」

「次は、この篠前神社を選んだ理由。それは縁結びの神社であること。」

「縁結びの神社を選んだ理由は?」

「単純です。縁結びのためです。この地での僕との縁を繋ぎ止めるために、そして、引越し先での新たな縁を願って。そのためにこの神社を選んだ。」

「単純だね。」

「他にもあります。先輩は、おみくじで”待ち人”の欄を気にしていた。」

「よく覚えているね。」

「「待ち人」、先輩はこの地と僕への名残惜しさに”もう一度会えるのはいつになるか”を知りたかった。だから僕のおみくじを見たかったんです。皮肉にも、書かれていたのは「いつ」ではなく「どこ」でしたが。」

「結局、後輩のおみくじにはなんて書いてあったんだ?」

「「灯台もと暗し」です。」

「ほう、君が言ったのは韻を踏んだ高度なダジャレというわけか。…灯台もと暗し、ね。」

「こうやって全て、先輩が引っ越すということに繋げれば全て筋が通ります。」

「君を誘った、という謎については?」

「簡単です。先輩に僕以外の友達がいなかっただけです。」

頼んだ饅頭とお茶が運ばれてきた。

「これが僕の推理の全てです。」



名物の饅頭と抹茶を頬張りながら、先輩の反応をみる。

「う〜ん、どこからツッコミを入れていいものか…。」

「ツッコミ?」

「まぁ、単刀直入に言うとね。君の推理はハズレだ。」

「はぁ!?どこのどこがハズレなんですか!?」

「一つ一つ話していくか。」

先輩は抹茶をズズっと飲み、話し始める。

「もし君が引越しするとか考えてみて。」

「僕がですか?」

「そう。君が引越しをする時、行くならどんな神社へ行く?」

「引越しの神様がいる神社に行きますね。いるかわからないですけど。」

「いるよ。だから、引越しのためならこの神社来ないでしょ。」

「ぐぇ。」

「悲鳴のような可愛い何かが聞こえたけど、話を続けるよ?他にも矛盾点はある。例えば、私にも、他に友達はいる。」

「強がりは大丈夫です。」

「強がりじゃなぁぁぁぁいぃぃぃぃ!!!」

「先輩、ここお店屋さん。」

他の客がこちらを覗いている。

「はぁ…。君、待ち人って意味知ってる?」

「え?」

「待ち人って言うのはね、確かに君が言ったような意味もあるよ?でもそれだけじゃなくてね、自分の運命の人って意味もあるんだよ…。…なんで私がこんな説明をしているのかな…。」

「運命の人?」

「ニブチンには伝わらないかぁ。」

僕の推理は間違っていたということか?

「そもそもねぇ、私が引越しするとしたら、3月の後半に何する必要があると思う?」

「引越し先での手続きや近隣への挨拶、周辺のランドマーク確認に引越物の整理――」

「もう十分だろう。私がここにいる暇は無いだろうさ。」

僕の推理は間違っていたということだ。

「なんていうか、君のは素材はいいのに料理の方法がダメすぎるイギリス料理みたいな推理だね。」

「そんなに不味いですか?」

「不味い。君、ケーキ作るときに昆布から出汁とる人でしょ?」

「料理やったことないですけど、とらないんですか?」

「君の脳内では、昆布からさぞかし甘い出汁がとれるんだろうな。」

そういうと、先輩は饅頭の最後の一口を胃袋に放り、会計をして店を出てしまった。



僕も残りの抹茶を流し込み、店を出て、先輩を追いかける。

少し冷たい風が首元を通り過ぎた。

僕の4歩前を歩く先輩は、少し早歩きで進んでいる。

「引越ししない先輩が、この後何するっていうんですか。」

「なんだい、その言い方は。…この先にある見晴らし台まで行くよ。」

冷たい…というより、少し張り詰めた声。先輩の口からこんな声色は聞いたことない。

「着くまでに、少し話をしようか。」

「話ですか?」

「とあるうららって名前の少女の物語さ。」

「ニブチンって言葉を使うおばさんじゃなくて?」

「少女の物語さ。」

「譲らないんですね。」

「少女は小さなころ、気弱だった。何をするにしても、自信がない、失敗したらどうしよう、自分がしたことは、相手にどう思われるだろう。そう思って日々暮らしていた。」

「まるでどこかの誰かさんとは大違いですね。」

「少女はこのままの気弱な自分ではいけないと思った。そこで彼女は、自分のやりたいままを貫き通すという形で、その脆弱な心に歯向かおうとした。」

「どこかの誰かさんに近づいてきましたね。」

「少女にはそれが成功したのか、失敗したのかはわからなかった。でも、彼女なりに毎日を楽しく暮らせるようになっていった。」

「いいお話ですね。涙が出できそうです。」

「まだ終わらないよ。――しかし、彼女のその臆病さは消えたわけではなかった。彼女の心の奥底で、今も彼女を少しずつ痛めつけている。」

「永遠に消えない呪縛ですか。」

彼女は足を止め、こちらを振り返る。

「さぁ、着いたよ。」



着いたのは人気のないウッドデッキ。ベンチが二つあるだけの簡素な場所だ。

何百もの階段を上った甲斐あってか、望める景色は絶景だ。ここからなら昼の明るさも相まって海もきれいに見える。夜なら夜景が美しく映えるだろう。

「その少女は、結局どうなるんですか?」

遠くに見える海を眺めながら言葉をつなげる。

「う~ん、私も知らないんだ。そうだ!君が考えてみてよ。」

「またですか。」

「君、文化祭の時の演劇のシナリオ書いてただろう?」

「あれは、なんか急に頼まれて…。」

「あれ、私はめちゃくちゃ好きだったよ。特に、オカマのお姉様たちが、泥棒を締め上げるシーン!」

「よく覚えてますね。」

「君にはシナリオを書く才能があると思うんだ。」

「だから物語を紡げと?」

「面白い話が聞けると思うんだ。」

「そうですか。」

先輩を見る。僕より背が一回り小さい先輩からはこの景色がどう映ってるのだろうか。海は見えているのだろうか。どこまで遠くが見えているだろうか。僕にはわからない。

「なら、そのお話つないでみましょうか。」

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