春風の中で

Aris_Sherlock

とある春の日に

チャイムがなったのを聞いて、僕――久慈寛人(くじひろひと)は、スマホと財布が入ったリュックを持って玄関を出る。

「おっ、出てくるのがはやいねぇ。私の事そんなに待ち遠しかった?」

「来るってわかってたんだから、準備ぐらいしてましたよ。」

「可愛くないなぁ〜、後輩め〜。」

「そういうのいいんで。早く行きましょう。」

も〜、と言いながら僕の前をステップを踏むように進み始める。

3月の後半、春休み入りたて。ただ今の時刻は午前10時。空の雲も地面の草木も、匂いも音も、冬と打って変わって完全に春だ。

体を包むような暖かい風が通り過ぎ、近くの公園からは子供たちの賑やかな声が聞こえる。

僕の7歩前を歩くは、高校の部活の先輩――上山麗(かみのやまうらら)だ。自由奔放で気分屋。昨夜急に「神社行くぞォォォ!!!」と電話がかかってきて、今に至る。

「今日の目的地は神社ですよね?この時期にですか?」

「この時期にです。」

「ひな祭りには遅すぎるし、春祭りには少し早いんじゃ?」

「遅すぎるし、少し早いですねぇ。」

「一体なんのためなんですか?」

「なんのためです。」

「神社にカレーでも食べに行くんですか?」

「いいですね!カレー!今日のお昼はカレーを食べに行きましょう!」

「はぁ…。」

そういえば、この人には真面目に話をしてもダメだった。

「なんで、僕を誘ったんですか?別に先輩の友達でもいいでしょう?それとも、友達いないんですか?」

「ぐぎぃ。」

悲鳴のような可愛い何かが聞こえた。

「ト、トモダチィ…?イ、イルヨォ…?」

「まぁ、先輩の性格からして、いないのも納得できますけど。」

「ぐぎぃ!!」

ちょっと激しめの悲鳴のような可愛い何かが聞こえた。

「後輩ぃ〜。もっとお手柔らかに頼むよぉ〜。」

「はいはい。」

でもちょっと意外だった。先輩の性格はあんなだけど、顔は整ってるし、賑やかで人気のある人だと思ってたから、友達までとは言わず、彼氏ぐらいいても不思議でないと思っていた。



駅に着いて、そのまま改札に。すぐ電車に乗って、少し揺られて、降りて駅を出た。途中であったことといえば、電車の中で居眠りした先輩にデコピンしたぐらい。

「イテテ…。」

「そんなに強くやってないでしょう。」

「痛いのは、やられた反動で後ろの窓にぶつけた後頭部だよぉ…。」

「先輩ドジですね。」

「誰のせいだと思ってるんだい!?」



駅から南に直進すること15分。そこから250段の階段を登って今回の目的地、篠前神社だ。

「はぁ、はぁ、こう、は、い、くん…。私はもうダメみたいだ…。」

「何これぐらいでへばってるんですか。連れてきたの先輩ですよね?」

「私をおんぶしてくれ…。」

「お姫様抱っこならいいですよ。」

「それでもいいから…。」

「僕が嫌です。」

「いいって言ったじゃないか!?」

「そんだけのツッコミが出来るなら、もう大丈夫ですね。行きますよ。」

「もっとお手柔らかに頼むよぉ〜。」

「はいはい。」

さすがに春休み中だからか、境内は人で賑わっていた。本殿の前も然り、行列ができている。

長い列の1番後ろにつく。

「そういえば、先輩も卒業しましたし、もう”先輩”じゃなくなるんですかね?」

「それは、私と君が先輩と後輩から新しい関係へと変わる――」

「知り合いとか?」

「友達ですらないのか!?」

「あ、あぁ。」

「「あ、あぁ。」って君…。はぁ…。」

「そんなことより、先輩。」

「そんなことかぁ…。なんだい?」

「ちょっと飲み物買ってくるんで、このまま並んでてください。先輩なにかいります?」

「ミネラルウォーターを頼むよ。」

「わかりました。」

列を抜け、自販機に駆け寄る。自販機に”あったか〜い”が無くなり、”つめた〜い”だけになっている事にまた春を感じながら自販機に硬貨を入れ、ボタンを2つ押す。

「ねぇ、今日って一粒万倍日なんでしょ?」

後ろの男女の話が耳に入る。

「何それ?」

「う〜ん、よくわかんないけど、お参りするといい日らしいよ?」

「そんなんでいいのかよ。」

そそくさとその場を立ち去った。

列を眺めて先輩を見つける。

「ありがとう後輩。お金は――」

「いいですよ、今回は。卒業祝いです。」

「それいくらだい?」

「100円です。」

「安い女だねぇ、私は。まぁ、有難く貰っておくよ。」

先輩は水を受け取り、すぐにキャップを開け、口に運ぶ。その姿は、CMでドリンクを飲む女優のよう。うっすらとしたピンクの唇。すこし紅みかかった頬。

「私の飲み姿に魅入ったかい?」

勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

「美味しそうに飲むなぁって。」

「惚れた?」

「そのまま「山の玉手箱やぁ。」って続きそうだなって。」

「私をぽっちゃりしたグルメリポーターか何かと勘違いしているようだな…。」

「順番来ましたよ。」

後ろでぶつぶつ何かを言いながら先輩も隣に並んでお参りする。

何を願おうか。今年は僕も受験があるし、合格でも祈願しておこうか。

お参りを終えて列を抜けた。

「後輩は何を願ったんだい?」

「とりあえず、受験のことを。」

「ここ縁結びの神社だよ?」

「ぐぇ、完全に場違いじゃないですか。先に教えてくださいよ。」

「あはは。」と笑いながら、僕の3歩前を進む。

「先輩は、なに願ったんですか。」

「私かい?私はねぇ…。」

どうせ秘密なんだろうなぁ。

「ひ・み・つ。」

「あっ、そういえば。」

「興味無いのかい!?」

「この神社の名前って、篠前(しのまえ)神社って言いますよね。なんか…。”死の前”みたいな…。」

「君…。縁起でもないことを言うんじゃないよ。後輩君友達いないでしょ?」

呆れたような顔で僕を見る。

「先輩よりはいる自信あります。」

「なんだとぉ〜!このやろ〜!」

先輩だとイマイチ迫力がない。でも足を蹴ってくるのはやめて欲しい。

リュックからさっき買った炭酸水を出し、キャップを開ける。口に運んだ炭酸が、喉でハジけ、頭も心もスッキリさせてくれる。

「無視か…。そんでもって君は、また炭酸水か?」

「そうですけど。」

「サイダーならわかるけど、炭酸水って何も味しないだろ?っていうかちょっと苦味も感じるし、好んで飲む理由が分からないな。」

「先輩の舌はお子ちゃまなんですよ。」

「さっきから大きな口を叩くじゃないか。」

ギロっと睨んでくるが先輩だとイマイチ迫力がない。でも足を蹴ってくるのはやめて欲しい。

「後輩、おみくじでも引きに行かないか?ここのはよく当たるって有名なんだよ。」

「おみくじか…。最近は全くやってないですねえ。」

蹴られて痛む足を動かして、おみくじ売り場へ歩みを進める。

「先輩はおみくじとか…。というか、神様全般――オカルトチックなって言ったら失礼かもしれませんけど――を信じる人ですか?」

「私は信じてるよ。」

「根拠は?」

「存在しないと、こんなに大人数の人を、はるか昔から動かす事なんてできないんじゃないかなって。」

境内にはたくさん人がいる。笑ってる人、必死に祈ってる人、階段の近くで野垂れ死んでる人。

「なるほど。」

おみくじ売り場に着き、箱に百円玉を入れる。おみくじ箱に手を突っ込み、手弄りながら話を続ける。

「後輩は?」

「僕も信じてます。」

「根拠は?」

「ないです。でも、いた方が、おみくじなら当たったほうが、なんていうか、素敵じゃないですか。そういう”信じてる”です。」

「…後輩がそんなことを言うなんてね。」

手に着いた1つを取る。

先輩も百円玉を入れ、おみくじを引く。

「せーので、開くよ。せーの!」

僕のおみくじは末吉。先輩は吉だった。

「末吉と吉ってどっちが上なんでしょうか。」

「末ってことは1番下だろ?ってことは必然的に私が上でしょ。」

「いやいや、吉って。大吉、中吉、小吉、末吉ときて、頭に何も付いてない”吉”ですよ?1番下でしょ。」

「なんだい、その理論は…。」

「まぁ、どっちが下でも、凶とかじゃなくて良かったですね。」

「そうだね。それで、後輩のはなんて書いてあったんだい?」

「ええ~っと、「よく周りに目を光らせよ。見えているものが、全てではない。」ですって。」

「君はニブチンだからね。」

「ニブチンとか死語ですよ。おばさんですか?」

「はぁぁ!?君はさっきから一言余計だね!」

今度は足を強めに踏まれる。めちゃくちゃ痛い。

「先輩は何て書いてあったんですか?」

「よく平然と立っていられるね。わたしはねぇ…。」

「誰かのおかげで足が強くなってますから。先輩は?」

「「ひ・み・つ」」

「かぶせるんじゃなぁぁいぃぃ!!」

「予想できるような行動しかしない先輩が悪いんですよ。」

「意味が分からない理論を押し付けるな。」

「別に、言いたくないことは聞かないですけど。そういえば、先輩って大学行くために引っ越しとかするんですか?」

「急になんだい?…しないよ。家から通えるところだ。」

「おみくじに”転居”って欄があるじゃないですか。」

「あぁ、ええっと?…「行わないほうがいいでしょう。」だって。」

「よかったじゃないですか。」

「まぁ、「行ったほうがいいでしょう。」って書いてあっても、するつもりはないけどね。」

「先輩はおみくじ、信じてるんじゃないんですか?」

「君ねぇ、おみくじに「死んだほうがいいでしょう」って書いてあったら死ぬのかい?」

「そんなおみくじは、こっちから願い下げです。」

「だろ?じゃあ逆に、後輩の”待ち人”の欄にはなんて書いてあるんだい?」

先輩は身を乗り出して顔を近づける。

「人に言わないくせに、先輩は人のを見るんですね。」

「いいから教えてくれよぉ~。」

「大正デモクラシーですって。」

「大正デモクラシー?「日本で1910年代から1920年代(概ね大正年間)にかけて起こった、政治・社会・文化の各方面における民本主義の発展、自由主義的な運動、風潮、思潮の総称」かい?」

「まるでWikipediaから持ってきたみたいな言い方しますね。」

もう一度炭酸を口に含み、ここではないどこかへ歩みを進めた。

「ちょっと後輩!どこ行くんだ?」

「もっと上にも社殿があるんですよ。いきますよ。」

炭酸水は喉を潤すことはなく、痛みだけを残して流れていった。



「はぁ、はぁ、こう、は、い、くん…。私はもうダメみたいだ…。」

「何これぐらいでへばってるんですか。連れてきたの先輩ですよね?」

「これぐらいって、また250段だよ?か弱い乙女にはきついって…。私をお姫様抱っこしてくれ…。」

「おんぶならいいですよ。」

「それでもいいから…。」

「僕が嫌です。」

「いいって言ったじゃないか!?」

「そんだけのツッコミが出来るなら、もう大丈夫ですね。行きますよ。」

「なんかこのやり取り前も見たような…。」

「はいはい。」

もう一つの社殿はあまり人が並んでおらず、スムーズにお参りができた。

「お腹減りませんか?」

「そうだね、そろそろお昼時だな。」

「ここら辺にはカレーのお店は無いんで、お茶菓子でも頂きますか。」

近くのお茶所の建物の方へ指を差す。

「カレー……?」

「あっ自分が言ったこと覚えてないんですねわかりました大丈夫です。」

「カレー……?」

お店に入り、この辺りの名物の饅頭を頼んだ。

「先輩。そろそろ今回の目的を教えてくれませんか?」

「君はそこまで私に興味があるんだね。関心関心。」

「真面目な話です。先輩は自由人ですけど、意味もなく何かをする人じゃない。」

「ほほぅ、それで。」

「今回、僕を誘って篠前神社へ来たのには理由がある。」

「一体なんのために?」

「それを僕が聞いてるんです。」

「う〜ん、まだ教えるわけには行かないなぁ〜。」

「まだ?」

「この後、一大イベントがあるからね。私はお花を摘みに行ってるくるよ。それまでの間、理由を考えてみるといい。もし当たっていたら、教えてあげよう。じゃあ。」

と言って行ってしまった。

考えてみろ…か…。



スマホを出す。調べるのは”一粒万倍日”について。

「えっと〜、簡単にまとめれば、「何かを始めるには縁起がいい日」と。なにかの告白、発展が大きく実る日…と。」

恐らく、今日という日に意味があるはず。必然的にこの一粒万倍日がカギになるはずだ。

そして、この篠前神社という場所もカギになるはずだ。先輩はここが縁結びの神社だと言っていた。それを先輩が知っているってことは、縁結びに関係がある事だということ。

そして、先輩が僕の”待ち人”の欄を気にしていたこと。

全てを考慮し、算出される答えは…。

「お待たせ、後輩。」

「答えが出ました。」

「エッ!?」

先輩の頬が赤くなる。無理もない。

「先輩、本当は――

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