父への想い

日乃本 出(ひのもと いずる)

父への想い


 普段、気恥ずかしくてとても直接言えないので、この場を借りてここで表明したいと思う。


 僕の、僕だけのヒーローというのは、僕の父だ。


 口下手で、思ったことを中々口に出せず、なんとか口にしようとしても、うまく相手に伝えることのできない、僕の父。

 そんな父だからこそ、僕が子供の頃は、あまり父との交流はうまくいかなかった。


 父は父なりに愛してくれていたのだろうが、僕がそれを理解できずに、一方的に父を毛嫌いしていたのだ。

 父はとにかく、不器用だった。生き方そのものが不器用だったと言ってもいい。

 だからこそ、職場でも、最後まで大きな立場に立つことはなかった。退職した時の立場は、主任である。課長代理さえもいかなかった。

 だが、後々聞いたところでは、父は職場では絶対的な信頼を周囲から抱かれていたらしい。そんな話も、父からではなく、父の職場仲間から、ちらっと耳にするくらいしかできなかった。父は、とにかく自分のことをしゃべらなかった。


 僕は成長していくにつれ、父とますます疎遠になっていった。

 おそらく、父の生き方に、心のどこかで反発していたのだろうと、今なら思う。

 地味で、不器用な生き方。それこそ、河島英五が言う『時代おくれ』な生き方。

 夢と希望のみを求める若者にとって、これほど受け入れがたいものはないだろう。

 だが、あることをきっかけに、僕は父の生き方というものが、とても温かいものだったのではないかと感じるようになってきた。


 そのきっかけとは、結婚と出産だ。

 守るべき大切な人が出来た時、自分が出来ることは何があるだろうかと考えた時、出た答えが、図らずも父と同じような答えとなったのだ。


 家庭に余計な口出しをせず、いざという時にだけ口を出す。

 子供との接し方に関しては、父は生来の口下手だったからうまく接することができなかったのだ。そこは、親となったからこそ、僕はよくわかる。僕はそれなりに社交的な性格だが、それでも、子供に物心がつき始めた時、どのように接してやっていけばいいのかと迷ってしまうことが絶対にあると思う。

 仕事に関しても、出世などを望むのではなく、職場に関する人々との信頼関係を構築し、仕事を円滑にすすめられるような環境を作っていく。それには、実直に、そして真摯に仕事に取り組んでいくしかないのだ。

 これらを弱音を吐かず、淡々とこなしながら日々を過ごす。

 これが、いかに困難なことか。


 子供の時には理解できなかったが、社会人となり、一家の大黒柱となった今では、当時の父の苦悩と疲労というものを痛切に感じる日々を送っている。

 しかし、父は弱音などは一切吐くことなく、ただただ実直に毎日の仕事をこなし、無口ながらも父なりに必死に僕に接しようとしてくれていたのだ。

 そんな父の愛情、そんな父の忍耐力。父には、本当に頭が上がらぬほどの恩義を感じている。


 そして、今。僕に、子供ができた。

 果たして僕は、父に匹敵するような、時代おくれの男になれるだろうか。

 果たして僕は、自分の子供から、ヒーローと呼ばれるような父親になれるだろうか。

 そんな今後の将来を考えると、身の震える思いだが、それはさておき……今度の日曜日に、父と二人だけで飲もうと思う。

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