放送記念日


 他人と、より親密な関係になること。

 それは、大人には随分な負担だとよく耳にする。


 革新より保守。

 冒険より安定。


 そんな物を求めても。

 人生楽しくはないだろうに。


 ……そう。

 楽しくはない。


 だって、かつての俺が。

 身を持って体験しているからな。



 アクティビティーレベルが下がるから。

 仕事が忙しくてそれどころでは無いから。


 失敗したら怖いから。

 せっかく築き上げて来たものを失いたくないから。


 大人を擁護するならば。

 自分を擁護するならば。


 そんな理由を思い付く。


 でも、自ら積極的に。

 隣にいた女の子を笑わせてみせると決めたあの日から。


 そう、意を決して声をかけて。

 一緒に歩き出したあの日から。


 こんなにも人生は変わって。

 そして、さらなる欲が生まれるほどにもなったんだ。



 俺は荷造りをしながら心に誓った。


 この旅行中に。

 必ずあいつから。



 彼女にして欲しいと言わせてやる!!!




 ……え?

 自分から、彼女になれと言わないのかって?



 そりゃそうだろう、よく考えてみろよ。


 俺が。


 保守より革新。

 安定より冒険。


 そんな男に見えるのか?




 秋乃は立哉を笑わせたい 第23笑


 =恋人(予定)の、(予定)を何としても外そう!=



 ~ 三月二十四日(木) 放送記念日 ~

 ※先知先覚せんちせんがく

  誰よりも早く道理を知ること。




 高校三年生という響きは。

 高校二年生にとって近寄りがたいものがある。


 遊びとは無縁の学年。

 子供と括られる最後の一コマ。


 だから高校二年生という、プレッシャーのかからないあと数日を。

 こうして必死に堪能しようという気持ちはよく分かる。


「立哉も一緒にどこかにいかね~?」

「そうよん! 保坂ちゃん、どこがいいか決めて!」

「ちょっと、その……」


 俺が、春休みの旅行に誘われるなんて。

 普段は有り得ない光景。


 遊びつくしたい気持ちが暴走して。

 押し売りまで始めてるようだけど。


 そこまでしゃぶりつくしたいの?

 もう諦めて予備校とか通い始めろよお前らは。



 でも、俺が二人に返事を言いよどむ理由は。

 勉強したいからとか。

 進路を決めたいからとかではなく。

 

「ああ、後で話そうか~」

「そうねん」

「……助かる」


 俺がちらっと横目で確認した隣の席。

 そこに座る、飴色のサラサラストレート髪。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 こいつが、ヘッドフォンをして。

 話に混ざろうとしないから。



 ……随分前の約束だから。

 覚えちゃいないかもしれないんだけど。


 俺は、秋乃から。

 春休みに旅行に行こうと誘われたんだ。


 その時の約束を違えるわけにはいかない。

 だから、俺がこいつらと旅行に行くなら秋乃も一緒じゃないと。


 でも、朝から授業中以外は。

 どういうつもりかヘッドフォンをしたまま外そうとしない秋乃に。


 今日はまるきり話しかけることができやしない。


 ……そのうち、授業開始を告げるチャイムが鳴ると。

 秋乃は、ようやくヘッドフォンを外して教科書を机の上に出す。


 だが、開いた扉から顔を出した先生は。

 入学式準備があるから自習しておけとだけ告げて去っていった。



 クラスを満たす、独特の騒がし過ぎないざわつき感。

 話題の八割を占める旅行の行き先。


 ようやく迎えたこの機会。

 俺は、再びヘッドフォンをしようとする秋乃の手を掴んで止めた。


「こら。自習とは言えなんか聞こうとするな」

「で、でもこれ、すごく楽しい……」

「そんなのしてると、せっかくできた友達が離れていくぞ?」


 そこまで言われてようやく観念したのか。

 ヘッドフォンを机に置いたまま。


 秋乃はようやく、話を聞く気になってくれたようだ。


 でも、タイミングの悪いこと。

 パラガスときけ子は甲斐の席に出かけているようだし。


 王子くんと姫くんは、新入生歓迎舞台の台本にかじりついてるし。


 旅行の話を振って来るやつがいやしない。


 しょうがない。

 誰かが誘って来るまで。


 その、気になるものの話でもしておこうか。


「冬に見た時は、まだ小さかったのに」

「もうこんなに大きくなったの……」


 自分で作ったと言っているノイズキャンセリングヘッドフォン。


 冬に使っていた耳当てが。

 しばらく見ない間に機械の体を手に入れたらしい。


 ごてごてと取り付けられた、ものものしい部品の数々が。

 肩こりを心配させるこの一品。


「なんの音楽聞いてるんだよ」

「凜々花ちゃんとあたしで作った曲……」

「は?」


 なんだそれ。

 お前らそんな才能あったの?


 まあ、酷い出来であろうことは容易に想像つくけど。

 聞いてみたい事は聞いてみたい。


「聞きたい?」

「…………はい」


 即答すると、調子に乗るかもしれないと一瞬悩んだ後。

 でも、下手に時間をかけると聞かせてくれないかもと考え直した微妙な間を置いて返事をしたら。


 秋乃は、ごついヘッドフォンを真ん中から半分に割って。


「半分こできるんかい」

「だって、片耳ずっこ、立哉君憧れだって言ってたから……」

「これはね? なんか違う」


 文句を言いながらも。

 俺は、やたら重いヘッドフォンを耳に押し付けた。


「じゃあ、音楽ながすね?」

「おまえはそっち側耳に当てないんかい」

「曲を流し始めたら、あたしも聞くから……」


 ああ、そうね。

 お前は両手で持たないと携帯操作できないもんね。


 秋乃は、もたもたと両手の親指を画面に滑らせる。

 曲の頭出しと再生ボタンを押すだけなのに、時間かかりすぎ。


 でも、呆れながら待っていた俺に呟いた秋乃の一言が。

 俺の背筋をまっすぐにさせる。


「これ……。立哉君にあてたメッセージソング……、なの」


 ……返事をしようとしたが。

 予想外の告白に、言葉が出ない。


 俺に伝えたいメッセージ。

 恥ずかしくて、嬉しくて、落ち着かなくて。


 にわかに手に浮かんだ汗に戸惑いながらも。

 ヘッドフォンを耳に当て直す。


 そして、携帯の操作を終えた秋乃が。

 反対側を耳に当てながら、俺に優しく微笑んだ。


「……そ、それでは、聞いて下さい」

「お、おお」



 ――パソコンで作ったのか。

 拙いけど美しい、そんなピアノの旋律で曲が始まると。

 心臓の鼓動が激しくなりだした。


 俺に向けたメッセージ。

 ひょっとして。

 とうとう。


 彼女にして欲しいという思いを聞かせてくれるんじゃな



 ドドン!! ジャガジャガジャーン!!

 ドカドカドカドカプカプカパフパフ!!!



「いかなって思ってたのになんだこれ! うるっさ!!!」

「いかな?」

「何でもねえよ! パソコンで作ったの!?」

「うん……。いろんなところで録音した音を編集してみた……」

「モザイクアートかよ!」


 曲調、急に変わりすぎ!

 ただのびっくり箱じゃねえか!


「これのなにが俺に対するメッセージだってんだよ!」

「歌詞、もうすぐ始まるから……」


 そう言われるでは仕方ない。

 メロディーも何もない騒音みたいな曲にうんざりしながらヘッドフォンを耳に当てると。


 すぐに始まったラップ調の歌詞は。

 どこかで録音されたものを切り貼りして作られたメッセージは。


 確かに、俺にあてられたものだった。



 『ほさかほさかほさかほさか!』

 『たっとれたっとれたたったったっとれっととれとれ!』



「うはははははははははははは!!! なん……っ! ぎゃははははははは!!!」



 『ほさたっほさたっ!』

 『ととれとれとれととれとまたきさまかー!』



「うはははははははははははは!!! は、腹がいた……っ!」



 いつ録音してたんだよ!

 そしてこの編集技術、面白過ぎて呼吸できん!


 だれかこの曲を止めてくれ。

 そんな思いが通じたのや否や。


 サビの途中でいきなり音楽が止まり。

 ヘッドフォンから、校内放送を知らせるピンポンパンポーンが聞こえると。



『あー、保坂立哉。今が自習時間だと分かっておるのか?』



「うはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」



 そして俺は、先生からのメッセージをしかと受け取って。


 授業中に音楽を聴いていた罪で、廊下へと向かったのだった。

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