国産小ねぎ消費拡大の日


 ~ 三月二十三日(水) 国産小ねぎ消費拡大の日 ~

 ※有耶無耶うやむや

  曖昧。存在不明。いい加減。




 昼休みも残り五分。


 そんな教室内のお隣りの席。

 秋乃に群がる男女数名による熱いプレゼン。


「大阪行こうよ、大阪!」

「春はやっぱり京都だろ!」

「そうね……、いいかもね……」


 だが、対する秋乃の。

 朝から一貫した態度。


 こうなってくると。

 一つの推測が、信ぴょう性を帯びてくる。


 秋乃のやつ。

 ひょっとして。


「カニ食いに行こうぜ! 日本海側!」

「名物料理なら名古屋だろ!」

「うん……、いいよね……」


 あの妙ちくりんな歌はともかく。

 昨日は、得体のしれないメカニカルなヘッドフォンをつけっぱなしにしていたせいで誰にも話しかけられず。


 今日は今日とて。


「どう? 舞浜さんも一緒に旅行行かない?」

「きっと楽しいからさ!」

「ちょっと、まだ、アレで……」

「なんだか曖昧ね」

「奥歯にものが詰まったような返事だなさっきから」

「……正解。ベロが痛くなってきた」


 そう言いながら、鏡で口の中を覗き込んで。


「……さっきの話、博多だけはNGで」


 そして力強く握りしめた。

 長いビニール袋に書かれた文字は。



 博多万能ねぎ



「「「「あははははははははは!!!」」」」



 結局こうして、昼休みの間も。

 すべての誘いを曖昧なままにしたお隣さん。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 でも、普段のこいつなら。

 全員からの誘いをすべて受けて。


 旅先から直接他のグループの宿へと。

 ハシゴしてまで楽しみそうなのに。


「何か訳があるのか?」


 先生が入ってきて。

 授業が開始される中。


 俺が秋乃に話しかけると。


「だってお昼、ネギ食べたから……」

「そっちの話でなく」


 聞きたいのは旅行に行きたがらない理由なんだが。

 まあ、歯に挟まったネギって気になるよな。

 それもよく分かる。


 でもそれはお前が横着者なのが原因なんだから。

 一人で反省してやがれ。



 ……今日は急に暖かくなったから。

 昼飯は、ざる蕎麦にしてみたんだが。


 麺を安物にした代わりに。

 準備しておいた遊び心。


 小葱とわさびを自分で切ったりおろしたり。

 お手製薬味を好きなだけ作らせてみた所。


 まあ切るはおろすは食うわ。

 切るはおろすは食うわ。


 それぞれ切ったのは一把。

 おろしたのは二本。

 食ったのは驚きの四玉。


 しかもネギについては足りなかったらしく。

 白髪に切った俺のネギをくすね始めたんだがそれが悪かった。


 入るんだよなあ、歯と歯の間に。

 取れねえんだよなあ、白髪ねぎ。


「うう……。みんなが話しかけて来たから、歯磨きに行けなかった……」

「それで旅行に誘われてる間、気もそぞろだったのか?」

「そ、そうかもね……」


 少しかまをかけてみれば。

 泳ぐ視線は左から右へ。


 やっぱりこいつ。

 最初から、みんなの誘いを断るつもりだったらしい。


「やれやれ。なんで旅行に行きたくないの?」

「りょ、旅行にはいきたい……」

「じゃあどうして誘いを断るんだよ」

「あ、その、補習があるかもしれないし……」

「学年主席なのに?」

「えっと、えっと……、バ、バイト先の補習が……」

「そうな。この間も千円渡されて九千二百円のお釣り渡して、おきゃくさんをぎゃって言わせてたもんな」


 いつもの実験だろうか。

 それとも他にやりたい事があるのだろうか。


 都合が悪いなら。

 言ってくれれば、俺が断ってやるのに。


 でも。

 そうか。



 ……俺との約束は。


 覚えてなかったのか。



 秋乃の奥歯には。

 ずっとネギが挟まったまま。


 曖昧なことしか口にしないけど。


 そんな態度が。

 明確に物語る。



 でも、それならどうしよう。

 今更、凜々花たちとの旅行に付き合うのも気が引けるし。


「そしたら俺は、拓海君たちの『どきっ☆男だけの大阪旅行~ほなねもあるよ~』に参加しようかな……」

「それはダメ!!!」



 うわびっくり。

 いつも静かな秋乃が大声をあげると、いつも胸が締め付けられるほどのショックを受けるが。


 今日のは極め付き。


「び、びっくりした! 急にはっきり話しやがって。ねぎ、取れたのか?」

「ネ、ネギとかどうでもよくって!」

「こら! 何を騒いでおるか! ……舞浜、立っとれ」


 おや珍しい。

 先生が俺ではなく。

 秋乃を指名した。


 これに対して、秋乃はわたわたし始めると。


「えっと、ですね。これは、騒いでいたわけではなく、ただ、その……。騒がしくしようとしていたわけではないので……」

「要領を得ん奴だな。なにを言いたい」

「その……、へ……」

「へ?」

「へっくち!」

「うわきたなっ!?」


 一瞬、右を向いてくしゃみをしようとした秋乃は。

 そちら側には姫くんがいることに気付いて慌てて後ろを向こうとしたんだろう。


 でも、そのまま時計回りに回ればよかったんだ。


 無理に過去に戻ろうとするから、途中で間に合わなくなって九時の辺りで爆発するんだ。


「ご、ごめ……」

「バカ野郎! ネギ飛んで来たじゃねえかっ!」

「そ、それは不幸中の幸い……」

「俺の不幸とお前の幸運を連結決算すんな!」

「いつまで騒いでおるか!」


 さすがに噴火直前の先生が俺たちを怒鳴りつける。

 しまった、このままでは二人一緒に立たされてしまう。


「俺はただの被害者だ!」

「ふむ。確かに舞浜は、奥歯にものが挟まったもの言いが怪しかったが」

「も、もう取れました!」

「ほう? 確かに流暢になったが……」

「もう抜けました何にも怪しくないから大丈夫です!」

「……本当に奥歯のなにかは抜けたのか?」


 怪しいと言われて、急にぺらぺらと口の滑りを良くさせた秋乃は。


 調子に乗って。

 言ってはならないことを口走った。 


「抜けたとか言っちゃダメです! 言霊ってものがありまして、先生、この一年で結構みんなが描く似顔絵が頭部だけやたら簡単になりましたから!」

「うはははははははははははは!!! 挟まったものと一緒に衣も抜けたっ!!!」



 もちろん、俺は歯に衣着せないおっちょこちょいの手を引いて。

 雷が落ちる前に、安全地帯へ逃げて行った。


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