第一章 突然の求婚者⑤
「申し訳ありません!!」
上官とのあらためての顔合わせ。
「いいのよぉ。どうせ
「おいおい。俺の
上座にある
少しつり目がちで冷たそうに見えるが、
(
「
見た目に合わぬ女性じみた言葉
「当たり前だろ。女の子に
「いやーん。相変わらず
「…………」
なんだかおかしなところに迷い込んでしまった気がする。
やはり
「ま、そういうことだから、ほんとに気にしないでいいから。お役目熱心な子が来てくれて俺は
「封陰省次官、
彼の示した
「──失礼ですが、次官どのは
名前の読みが
「そうだよ。俺だけじゃなくこの書庫づきの封陰官はみんな留学生だ。今は俺たち二人しかいないけどね。で、こちらがその貴重な一人、
「よろしくねー」
劉博士が小首をかしげて手を
「あー
湯吞みを
「以上がこれから君の
「あ、この前の任務先でお礼にってもらってさ。君も食べる?」
「……いえ、結構です」
「そう? 甘ったるくて最高に
「……あの、話を進めてもよろしいでしょうか」
どうにもこののんびりとした
「助っ人……と
回りくどいことは言ってほしくなかった。
ふふっ、と季隆が笑みをこぼす。少しつり目がちなせいか、本人にその気はないのだろうがちょっと意地悪な笑顔に見えた。
「不満そうだね」
結蓮は軽く
「……私の職務は太子
「ふーん。
軽く手をあげて制すと、季隆は竹串を皿に置いた。
「質問に答えるよ。まず一つ目。君は太子殿下のご命令で
言いながら彼は劉博士に手で合図を出す。彼がすばやく巻物を広げた。
「二つ目。封陰省は確かに大きな官府だし、所属の術師も大勢いる。ただし、今はほぼ全員がとある任務についていて
「そんなに
「うん。実は──」
季隆は深刻な顔で言いかけ、ふいにがくっとうなだれた。
「ちょ……劉博士、代わりに説明してやって。久々に真面目なことしゃべったら疲れたわ」
「もう、どんだけひ弱なのよっ」
「任務っていうのは、
はっと結蓮は息を
「実はね、これはただの快癒祈願じゃないの。皇后陛下の結界を
それは公式に発表されているものとはまったく異なる告白だった。皇后は五年前から
「
意外そうな顔で
「いえ……でもそういうことではないかと想像していました。あのお
──一度は
「……そうか。君も五年前の現場にいたんだもんな」
「じゃあ話は早いわね。皇后陛下の結界を解く術式は大がかりな上に難しいものなの。長官をはじめ封陰省の術師が
「何かあったのですか?」
「国に変事ありって
「つまり……、皇后さまの快癒祈願で
妖怪退治の実績を見込まれてということは、そういう
広げた巻物を劉博士の指がトントンと
「つい最近だけど、禁軍の武器庫で
自分が三度目の
「──現場から
ぎくり、と
「業焰……。それは、あの業焰ですか」
「そう。五年前、後宮を
結蓮は
それは、あってはならない大事件だった。
本来宮城には
居合わせた
封陰省の者は
ただ、それが事実と少し
真っ先に駆けつけ、妖怪と
だが命の恩人であるその人が一体何者なのかは結蓮にもわからない。なにぶん当時は混乱の
気づけば
「……それは、確かなのですか」
震えそうになるのを
「業焰が残していった片腕と武器庫に残っていた
「では、皇城にいるのですか? 業焰が、本当に」
「たぶん片腕を取り
「隠形……」
「人の皮をかぶるか、もしくは人に乗り移ってるってこと」
結蓮は息を吞んだ。
「ですが、なぜ今になって? この五年、業焰はまるで気配を見せなかったはずです」
「皇后陛下の快癒祈願に乗じてってところでしょうね。業焰の片腕も結界に
彼は明言しなかったが、業焰の目的は
(業焰がいる。この皇城に……!)
知っていれば、指名されなくとも名乗りをあげたことだろう。大好きな皇后と太子を傷つけ、仲良しだった女官たちの命を奪った妖怪を、今度こそこの手で
「わかりました。
自分が選ばれた理由がようやくわかって
出向の理由は妖怪退治。──望むところだ。
思い
「助かるよ。これからは俺たち二人で動くことになるから。よろしくね、お
(……お嬢ちゃん?)
結蓮は
「あの、橘次官。私の名は
「あ、そうそう、外回りの時は橘次官って呼ぶの禁止ね。いろいろやりづらいから」
「……
「好きに呼んでいいよ。季隆でも季さまでも季ちゃんでも」
「……」
上官相手にそんな軽い呼び方をしてもいいものだろうか。
「やりづらいでしょーこの人。つい最近まで山に
「修行……そうなのですか」
「こら、誰がちんぴらだ」
不満げに
「それに、
「なるほど……」
結蓮は今日会ったばかりだ。最初から劉博士たちと同じ
「煌と真逆ですね。煌では自分が認めた相手なら誰であろうと名を呼びますし」
「ええ。国が違えば文化も違うというわけねー。あっ、安心して。ごらんの通りのお調子者だけど腕は確かだから。これでも故国に帰れば
「御曹司? どういう意味ですか?」
煌では聞かない表現に結蓮が首をかしげると、劉博士も同じようにして思案する。
「そうねえ……若様とか、お
「やめてくれ。いい
くずした煌ことばでぼやくように言った季隆は、片手には
「では私は、御曹司どのとお呼びします」
かしこまって申し出ると、その場が静まりかえった。
最初に
「……えーと。皮肉、じゃないよな?
「は?」
「ちょうどいいじゃない。『お嬢ちゃん』に『お坊ちゃま』で」
「……俺はそういう意味で言ってるんじゃないんだけどな……」
結蓮は不思議に思ったが、何気なく話を続けた。
「留学生組は、この書庫付きの方で全員ですか?」
劉博士が気まずげな顔をしたのに気づき、結蓮は首をかしげる。
「あの……?」
「お嬢ちゃん」
「大変なこと思い出した。今すぐつきあってくれ」
「……! はっ!」
この
◆
国都
──封陰省を出てから
東市の真ん中で、結蓮は両手に大根と
あたりではあちらこちらで
「あっ、ちょっ、その
「フハハハ! 甘いね、若いの! ここは弱肉強食の世界! でかい
「くそっ……! 強すぎる……やっぱりおばちゃんには勝てない!」
戦いに敗れた季隆が
「よし、んじゃ次は
「……あの、御曹司どの」
「やばい、もう始まる! 急げ、お嬢ちゃん!」
「あの、すみません! お
「大変なことって……、まさかこの市のことなのですか?」
やけに深刻な様子で
何を今さら、という顔つきで彼は
「そうだけど、それがどうかした?」
「業焰捜しの任務ではないのですか?」
「それはそれ、これはこれだ。月に二回の大安売りなんだよ。これを
そんなに切々と
「大家の若様なのでしょう? どうして大安売りに繰り出す必要が」
「生まれは大家でも、今は独立してるからね。日々の食い
話の途中にもかかわらず季隆は
仕方なく自分もそちらに向かいながら、結蓮は失望のようなものを感じて
(やっぱり、この人も封陰省の人だったということなのかしら……)
少なくともこれまでは、若くして次官にまでのぼっている彼のことを
(浮世離れしていると劉博士どのは
苦い過去を思い出し
「いやー、危なかった。なんとか品切れ前に間に合ったよ。協力してくれてありがとね、お嬢ちゃん」
季隆もほくほくした様子で籠に
「まさか、本当にこれだけのために私を連れ出したのですか?」
上官がこんな調子なら、せめて自分がしっかり動かなければ。もう
冷たさを帯びた声と視線に気づいたのか、季隆が軽く目を細めてこちらを見る。
「これも大事な仕事なんだけどな。──でもま、実を言うと、みんなの前じゃできない話をしたかったんだ」
「何か個人的なお話ですか?」
「うん。すごく個人的」
「……? なんなのです?」
「俺と
──どさっ、と結蓮の手から籠が落ちた。
六蓮国物語 王宮の花嫁武官 清家未森/角川ビーンズ文庫 @beans
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