第一章 突然の求婚者④
◆
「──おはようございます」
いつものように一礼して
やがてさざなみのようにひそひそと会話が再開される。三度目の
「あの人も
新入りの若い武官が
「
「そうそう。
「そんなに強いんですか。全然そうは見えませんね……」
なおも見とれている新入り武官に、先輩武官らは
「何しろ、三度も
「えっ!?」
「真夏でもきっちりと
「
「
「わ……わかりました。自分、豊
口々に噂を
一方、そんな
(出仕するのは一月ぶりくらいだけど、やっぱり変わらないのね)
自分がどんなふうに噂されているのかは知っている。これが太子に
禁軍の一、太子
だから今日も、初めのうちは飛び
「そういえば、聞いたか?
「ああ、それで。
「それだけじゃない。
近くにいた一団の会話を聞きつけ、結蓮は思わず手を止めた。
(快癒祈願……?)
皇后は今、ある場所で
(……でも、そうか。もう五年も
そんなに長い月日が過ぎたのが信じられない。後宮に
『本当に、美しい娘だったのよ──』
母のことを語るとき、皇后はいつも
『我ながら、本当にあたくしと血のつながった妹なのかしらと何度思ったかわからないわ。ひょっとしたら人の世に迷い込んだ
つやを
目を
目をあげれば、まるで
おかしがたい
うるわしい果実のごとき、甘美な色と
『そうしていくら言葉を
絶世の
それが結蓮の母という人だったらしい。だが結蓮には母の
『まさかあんなに早くにいなくなってしまうなんて。父上もとてもお悲しみだったわ──』
男の
けれどもそれも伯母が後宮にあがるまでのこと。その後、未婚のまま結蓮を産んだ母は数年もたたないうちに姿を消した。伯母は一人残された結蓮を後宮にたびたび呼んでは母の代わりに
『そなたはあの子に生き写しですよ。そのうちに
まだ小さかった結蓮は、本気の目をして息巻く伯母の様子からしてそれが大変なことなのだと思いいたり、一度
『求婚者をお断りする方法は、ないのですか? 難しいのですか?』
『いいえ、簡単ですよ。相手が用意できないほどの高価な物品や
伯母は晴れやかな顔でそう言った。
『でも、皇后さま。それだと、相手の方がかわいそうです』
『あらあら、
〝わたくしと
『けれど、相手の方がほんとうにそのお宝をもっていらしたら……?』
『案ずることはありませんよ、結蓮。そんなことはありえません。我が豊家よりも財のある氏族など、
華麗な高笑いが
美貌と才気を
「──豊結蓮はいるか!」
見れば、演習場に入ってきたのは柚梨軍の副将軍だ。
「はっ! 豊結蓮、ここにおります!」
きびきびと
「大将軍
「……出向!?」
周りにいた同僚たちも
(しかも、封陰省ですって……!?)
「お言葉ですが。封陰省に出向いて、
「それは向こうで聞くことだ。私は聞いていない」
「これは
「口を
ねばつくような言い回しで孔少保が
上官である柚梨軍長官に命令をくだせるのはただ一人。禁軍を
(
そもそも、皇后の
「わかったのなら今すぐに向かえ。あちらも待ちかねているだろう」
副将軍の命令に、それ以上異議を
◆
離れにある書庫が新しい配属先だと聞き、教えられたように結蓮は奥のほうへと向かう。
近づくにつれてその古びた建物が目に入り、どんよりとした気分になった。
これも
(殿下にもし万一のことがあったら、
なんとか自分に折り合いをつけ、気を取り直して
書庫とはいっても一つの部署であるので、
「
人の姿がなかったため、大声で呼びかける。しかしどこからも応答はない。
もう一度声を張り上げようとして、大卓に紙切れが置かれていることに気付いた。
達筆な字で【
指示通り扉を開けてみると、そこは小さな部屋だった。
見れば、こちらの卓子にも紙切れが置いてあり、今度は【御用の方は起こしてください】と書かれている。
そこで初めて結蓮は、奥に
(ひょっとして、ここは封陰官の
皇帝を守る封陰省は朝も夜もなく任務についているはずだから、
紗幕をあげて見てみると、寝ているのは若い男だった。
「もし、すみません。起きていただけますか」
男はすやすやと
「…………
がくがくと首が
「はっ。申し遅れました。私は──」
「
寝ぼけたような声で彼はつぶやく。大陸の
「いえ、違います。六蓮天女ではありません」
驚く結蓮の手をつかみ、
「美人だ……」
「──は?」
「その
ぐいと顔を近づけてきた彼は、ひたすら感心したように結蓮を見つめている。
寝ぼけているのかと
「お休みのところ失礼します。出向でまいりました、柚梨軍北軍所属、豊結蓮と申します」
はっ、と男が息を
先ほどまでとは違った
「!?」
「会いたかったよ! 久しぶ──」
「
ぎゃっと悲鳴をあげて
「神聖な
「へっ。ち、ちが……ていうか乱暴してんのそっちじゃ」
「朝官ともあろう者が、
「だから、ちが……ぎゃああああ」
思いがけず
「──きゃーっっ! ちょっと、何事なのーっ」
野太い悲鳴が聞こえ、そちらを見れば、小部屋の戸口に三十がらみの男が立ちすくんでいた。官服からして封陰官らしい。結蓮は急いで立ち上がった。
「出向でまいりました、豊結蓮と申します。
筋肉質のその封陰官は、やたら
「ああ豊舎人ね、話は聞いてるわ。……あの、言いにくいんだけど……」
「はい?」
「……あなたの足下で伸びてる狼藉者が、うちの次官なの……」
結蓮は目を
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