第一章 突然の求婚者③
太子の御在所である奥の間は、しんと
蓮花と桃花の
「
よい、と
「口上は不要だ。顔をあげて、客人に
そっけない口調は以前と変わっていない。結蓮は言われるまま視線をあげた。
一段高いところにある
(殿下……)
年々立派になっていく主君を結蓮は内心うっとりして見つめた。
(よかった。お元気そう……)
彼と会うのは約一月ぶりだった。
その屋敷軟禁令を出した張本人は今、同じ部屋にいる。
右手の席に座った
「お久しぶりでございます。お
声が
煌国一といっても過言ではない大商家の当主──豊
「……おまえには屋敷で
「太子殿下のお
冷え冷えとした声に
「所望の品。わざわざおまえにか。どのようなものか興味をそそられるな」
「豊老公、とぼけるのはやめたらどうだ。結蓮が来ることを聞きつけてここへ来たのだろう」
琮成が眉を寄せて口をはさむ。諭迅は表情を変えずに御座へ向き直った。
「なんのことでしょうかな、殿下」
「よく言う。
そういえば、と結蓮は思う。先ほどは
「ではお聞かせ願いましょうか。どちらの
「そら見ろ、知っているではないか。──結蓮、品を」
結蓮は「はっ」とかしこまって膝で一歩前へ出た。しかしすぐに動きを止め、
「殿下、おそれながら
早口での
「許す」
勢いよく太刀を振り下ろす。琮成の座る椅子の真後ろ、
「──一体何事だ?」
突然の立ち回りにも表情すら変えず振り向いた琮成に、結蓮は一つ息をついて答えた。
「
美しい帳の布に毒々しい色の蠍が太刀で
「なるほど。
ふんと鼻を鳴らし、琮成が目線を転じる。
「私は無事だ。少傅、今日この
「
「おそらくは西方の
「よく知っているな」
「殿下に何かあってからでは
「相変わらずおかしな書物ばかり読んでいるのか。──しかし、私にそんなものをけしかけて得をする者がいるとは思えないが。とすると、豊老公に対する伝言か?」
琮成がちらりと諭迅を見る。結蓮はぐっと
太子琮成の生母、豊皇后はとある宮夫人の
国で
「なんという不届き
「おい……それ私の
「断じて許せぬ!」
さらに握りしめた
「
はた、と結蓮は我に返る。太子と同じ御座の中にいると気づいて
「ご無礼つかまつりましたっ!」
椅子に座りなおした琮成は少し
「いいかげん、私のことになると必要以上にむきになるのはやめろ」
「申し訳ございません……。
「それをよせと言っている」
むすりとした顔で言いつつも、琮成はまんざらでもなさそうだ。しかし
「
重々しく宣言した諭迅の顔には深い
結蓮は同意をこめて深くうなずき、ふと思い出して琮成を見た。
「太傅といえば、こちらへ参る時に
「そういえば随分来るのが遅かったな。また説教でもされていたのか。今度は何を言われた」
「任務における
琮成の命令で結蓮が行っている任務。それは
しかしその任務に大反対している祖父は、いっそう厳しい顔つきになった。
「太子殿下。
何か言いたげに結蓮を見ていた琮成が、じろりと諭迅に目を向ける。
「だが結蓮は嫁入りなどしたくないようだぞ。豊老公」
「だからといって、
「……なんのことだ」
琮成が
「結蓮の婚礼の夜にかぎって、殿下は宮城で
「お祖父様っ、殿下に対してそのような
「
低く
「
「……はい」
「わかっているならよい。次の相手を探してきた。今日はそれを告げにきたのだ」
はっとして結蓮は顔をあげた。破談になったのはほんの一月前のことだというのに、もう次の結婚話を持ってきたなんて。
「豊老公」
「殿下。結蓮をご案じくださるのは、まことに
鋭く口を
通り過ぎざま、諭迅は視線もくれずに続けた。
「結蓮。おまえに祖父はおらぬ。何度言えばわかるのだ」
冷ややかな声で
権門豊氏の娘で、皇后の妹で、太子の同年の
本当の結蓮は、諭迅の孫で、皇后の
「申し訳ありません。……お父様」
琮成が案じるように目を向けたが、うつむいた結蓮が気づくことはなかった。
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