第20話 ラモン家とわたし

夫人とルキウス少年は、食生活の改善を楽しみながら継続していった。



朝にはできるだけ卵や葉野菜、フルーツや野菜のスムージーをとってもらい、夫人に来客や予定の無い日の昼食は、わたしがその日の仕入れを見て、メニューと調理法を考えて食卓へ。夕食は調理場のみなさんにお任せしてたんぱく質や、食物繊維を多く摂ってもらう食事に変更した。


徐々にではあるが、ルキウス少年も食べられる野菜が増えていった。


昼食の食卓の会話は主に、わたしと夫人が会話をしながら楽しい雰囲気で進む。ルキウス少年はややこちらを伺うような視線を向けたり、おっかなびっくり下を向いて「おいしい。」とつぶやいたり。

なんだか、居候の猫みたいな少年だ。



そんなルキウス少年だけど、食生活の改善から半年ほど経つとふくふくとした頬は消え、漆黒の髪を持つ色白の美しい少年に変化をとげた。

瞳を隠しているのか、人と視線を合わせないためかその前髪は少し長めだけれども、年頃にしては高く通る鼻筋や、骨を感じる輪郭が大人の男性へとかわっていく美しさを持っていた。


そんなルキウス少年の方から、初めて声をかけられたのは、お屋敷で働き始めてから1年がすぎた頃だった。





「今日の昼食も美味しかったわ、ありがとうイリちゃん。」


この日も昼食を終えて夫人がいつものように、食事のお礼を言ってくれた。

今日はまだ話したいことがあるようだ。

夫人の体調は以前に比べて格段に良くなっていて、食後に少しお話しや庭の散歩をすることも増えていた。そんな夫人が、ほんの少しさくら色に頬を染めて嬉しそうに話し始める。


「実は数日間、夫がこちらの屋敷に滞在することになったの。わたくしやルキウスの顔を見に来てくださるのですって。それでね、その間も今まで通り食事の担当をお願いするのだけれど、滞在中に1日だけ近しい人たちを招くお茶会を開く予定なの。」


「それは素敵ですね。奥様の体調や顔色もだいぶ回復されましたし。」


「ええ、イリちゃんのおかげよ。お茶会なんて久しぶりなの。それでね、お茶会で提供するフルーツのお菓子をぜひイリちゃんに考えてほしいの。この領地で貴族が食べるお菓子はとっても甘いものなの。以前のわたくしやルキウスも好んで食べていたものなんだけれども、イリちゃんのお食事に慣れたらとっても濃厚で食べられそうにないの。」


ふふっと笑いながら夫人が話す。


「それに、体型を気にする女性たちはお菓子を食べることを我慢している方も多いのよ。だから、イリちゃんが考えてくれる体に優しいフルーツ菓子なら、そんな方にもお茶会を楽しんでもらえるような気がするの。お願いできないかしら?」



「わたしは貴族の皆様の食文化を知りませんが、それでも大丈夫でしょうか?」


「あら、それはわたくしが保証するわ。こう見えてもわたくしは貴族よ?」


笑いながら夫人が保証してくれる。



「ご期待に添えるように頑張ります。」






「あの、イリ、イリはいるかな?」


昼食後に打ち合わせをしている調理場に小さいけどまっすぐな声が聞こえた。


「これは若さま!」


調理場の全員が立ち上がる。



「はい!わたしですか?」


「うん。えっと、あのね、イリにお願いがあって。」


「はい、なんでしょうか?」


「お茶会のお菓子のことなんだけど、お母様は言わなかったけど本当はお父様はお母様のお誕生日を祝うためのお茶会を開くんだ。だから、できればイリにはお母様がおいしく食べられる誕生日のお祝いのケーキをお願いできないかなって。」


「若さまそれは素敵ですね!」


「とても良いお考えですね、奥様もお喜びになります!」


イリよりも早く、調理場の面々が声を上げる。



「わたしも素敵なお考えだと思います。ルキウス様。ぜひお手伝いさせていただきます。」


「お、お願い。」


目線はやっぱり合わないけど、母親のために行動できる良い子だなあ。



✳︎



旦那様が滞在する期間は、昼食の説明はランスさんにお任せしてわたしは昼食の準備だけに徹した。そしていよいよ奥様の誕生日、お茶会当日だ。


前日から屋敷の面々は忙しく働き、華やいだ雰囲気が漂っていた。奥様のためのケーキは薄く切ったスポンジにイチゴのムースとバナナのムースを重ねその上にパッションフルーツのようなフルーツのジュレをクラッシュしだのを敷き詰める。そしてその上には、新鮮なフルーツを色とりどりに飾った豪華なケーキに仕上がった。


実は発注者のルキウス少年にもムースやジュレを冷やして固める際に魔力でお手伝いしてもらった。


試作品をランスさんに試食してもらったので、味は上出来なはずだ。


ケーキはお茶会のメインに登場し、目新しさと控えめな甘さで、体型を気にする女性や、男性たちにも好評だったようだ。


「よい、温かなお茶会となりました。」


翌日、ランスさんがそう教えてくれた。



「本日の、昼食はイリさんもご一家の前に。」


「えっと。はい、かしこまりました。」



✳︎



「きみが噂のイリちゃんだね。」



無骨で大柄だけど、理知的なアクアの瞳を持つグレイヘアの男性=旦那様はこちらを見ながら笑みをみせる。


「妻の生き生きとした笑顔が久しぶりに見られて私はとても嬉しいんだ。君には本当に感謝しているよ。」


「こ、光栄です。」


「ははっ。どうも子供には怖がられてしまうんだが、緊張する必要はないよ。本当は私も少し疑っていたんだ、平民の少女の料理にどんな力かわあるのかとね。でも事実、妻も息子も健康的になっているし、ここ数日の食事のおかげか私もなんだかスッキリとしていてね。それにお茶会で君や息子の作った菓子をみて、泣き笑う妻はそれはもう美しかったよ。」


「旦那様、恥ずかしいわ。でもね、イリちゃん本当にありがとう。食事も、お茶会のお菓子も。わたくしは幸せものだわ。」


「奥様に喜んでいただけて嬉しいです。お誕生日のケーキはルキウスさまが発案し、お手伝いもしてくださいました。」


「そうね、ルキウス。ルキ、ありがとう。とってもとっても嬉しかったわ。」


「はい、母上。えっと、イリ、ありがとう。」


ルキウス少年は色白なその頬と耳を赤く染めてお礼を言ってくれた。


この時初めてしっかりとそのルビーと視線が合った。


ーーああ、綺麗なルビーだな。あたたかい。

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