第11話 生きがいのきっかけ


男がかき揚げを頬張る姿は、少しの違和感と肯定感をくれる。


わたしはこの世界で目覚めて、13年という長い時間を過ごしている。優しい家族にも恵まれた。

それでも別の世界の記憶があることと、そのことで周りの人と感覚を合わせることが難しいときには、世界から阻害されていると感じることがある。


かき揚げという以前の私にリンクする食べ物を、箸ではなくナイフやフォークといったこの世界の文化を使って男が食す。


なぜかこの違和感と行為が、わたしがこの世界の存在であると受け入れられているように感じる。


1番最初に、この肯定感をくれたのは、幼少のこの男だった。

その感覚が嬉しくて、この世界のお客さまに、わたしの料理を提供できるこの仕事が、生きがいになっている。

くやしいからあなたがきっかけだと、この男には内緒。わたしのだけの秘密だ。




✳︎




ーーさて、メインはお肉ね。


今日のメインは、朝からコトコト煮込でいた自信作だ。

豚肉によく似たデジ肉のかたまりを、特製の梅干しと果実酒で煮たデジの煮物。

そして大麦のようなコナという穀物の粥、汁物には海藻スープを。



「本日のメイン、デジの煮物です。海藻スープもカラダに良いから食べてみてね。」



「そうか。」





この男は、もともとお喋りではないし、食事中にはほとんど声を発さない。


穏やかな静寂のなか、ゆったりと休息のように食事をとる。


いつもは張り詰めたような雰囲気の男だけど。この一時、森の湖畔のような柔らかな安らぎの空気感を纏う。





ーーよし。






この穏やかな静寂に、今日も良い仕事ができたと自分を肯定した。

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