第9話 食は笑顔の素

「美味しかったよ、ごちそうさま。」

お代をカウンターに置き、老齢のご婦人が笑顔をくれる。


「ありがとうございます、またぜひに。」

こちらも笑顔が咲く。



ーー口に合ったみたいでよかったー。



男の好物を作りながら、嬉しさを噛み締める。近所の卵屋さんの卵に魚の骨からとった濃いめの出汁と塩とほんの少しの蜜を加え、だし巻きの要領で丁寧に焼き上げる。

卵と出汁が焼ける良い匂いが空間に広がる。


この世界風のだし巻き卵のとなりには、白かぶをすりおろして水分をきり、塩と香草で和えたつけ合わせを添える。


以前の私の記憶や味覚がそのまま今のわたしに残っているから、本当は醤油や味噌が恋しくてしょうがない。


原料が塩と大豆だったことくらいしか覚えていなかったから、作れたらなと実験は続けているけれど、気候の違いもあってか未だ成功はしていない。



「2品目は、だし巻き卵です。」

「ん。」


1品目の生姜に苦労していた男の瞳に嬉しさが浮かぶ。

少し瞳の明度が増したように見える。

器の端をさらりと撫でて、大事そうに見下ろす。



ーーふふ、卵にやきもちを焼いてしまいそう。




✳︎




この男には嫌いな食べ物が多かった。


正確に言うと、出会った頃は甘い食べ物しか食べない偏食さんで、とても栄養が偏った生活をしていた。



今となっては嫌いなものも全て食してくれるのだけれど、このだし巻き卵をきっかけに男の

味覚と体型は大きく変わっていった。




ーーあの頃は驚きの連続だったなぁ。

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