第8話 料理に臨む
とても暑い日中を過ごした身体は、塩分を欲している。
ーーふむ。
今朝ほど作った寄せとうふを匙ですくい、熱湯に潜らせる。
「ねえ、氷が欲しいわ、お願いね?」
視線をあわせて、男の前に大きめの器を差し出す。
男は器の上に手のひらを被せるようにして目を瞑る。
から、からん。
小さな音をたてて、ほどのよい大きさの氷が現れる。
「ん、ありがとう。」
「ーーー。」
✳︎
そう、わたしが目覚めたこの世界には、魔法と魔力が存在した。
21の領地が存在していて、魔力=ちからを持つ者たちが、王族や領主、貴族となりその領地をおさめ、発展させ、動かし、競い合って成り立っている。
魔力持ち同士で結婚する場合が多いから、その子孫も魔力持ちが多いという。
この男、ルキウスもその魔力持ち貴族の一員である。
一方その源も原理も、理解できないわたしなどの平民には使えないものでもある。
✳︎
なんともないことのように氷の魔法を使ってくれた男は、いつの間にか取り出したお弁当箱のような容器に、カウンターに3種類ほど並ぶ惣菜をつめていく。
本日のカウンター惣菜は、
◎白かぶと柑橘の塩昆布漬け
◎この世界風 筑前煮
◎サツマイモの甘だれ焼き
本来なら本日の夜ご飯定食は、食前の飲み物とつまみの後、カウンター料理から2品選んでもらったて、メイン料理と主食、汁物という順番で提供している。
けれど初めて来店して以来、この定食システムを知った男は容器を持参し保管の魔法をかけて惣菜を持ち帰っていく。
ーー自由なひと。
この男のこんな謎の行動もなぜか愛おしく感じる。カトラリーを操る美しい所作も、無表情に魔法をかける淡々とした姿も。
眼福とまでは言わないけれど、無表情ながらも男らしく均整のとれた顔つきに成長した男を改めて観察する。
ーーいつからこんなに好いてしまったのかしら。
思考が渦を巻きはじめたのを切り替えて、手を動かす。
男が作ってくれた氷に水を加え、湯に潜らせたとうふをまた冷やす。
わたしがこの世界でなんとか自作した寄せとうふはこの一手間でぷるん、つるんとした食感に生まれ変わらり、少しだけ味が濃いめの葛でまとめた生姜餡によく合う。
「お待たせしました、冷やし寄せとうふです。」
ーーさあ、この男のための本日の夜ご飯定食をつくろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます