第21話

 アカリちゃんは私から距離を取る為に教壇まで逃げる様に走り私と向かいあった。私と彼女の間には幾つも机があり簡単には近寄れない。


 お互い無言のまま対峙していたが何も起こらない。痺れを切らした私は彼女に疑問を投げかける事にした。


「貴方はアカリちゃん……でいいのよね?」


 対峙している女の子は私から視線を外さない様にしながら軽く頷いた。ここが間違いであれば何もかも無駄になっていただろう。


 彼女の願いを叶え安堵している私に対して彼女は私に恐怖を感じて怯えている。


「貴方は私に何か怒られる様な事をしたの?」


 彼女は首を激しく横に振って言葉に気を使いながら辿々しい口調で喋り出した。


――彼女の身体を見つけて欲しいとあちこち歩いていた時に偶然人工芝の広場を見つけたそうだ。誰からも相手にされない事で泣きそうになっていた彼女は誰もいない人工芝のど真ん中で綺麗な空を見上げて心の休憩をしようとしていたらしい。


 そして人工芝の広場の中央に辿り着いた時に誰かが彼女を見ながら呼んでいる気がしたそうだ。


 やっと彼女を相手にしてくれる人を見つけたと思い駆け足で近づいたがその視線の主である私は既に居眠りをしていたらしい。建物をすり抜けどうにか私を起こそうと私の身体に触れた瞬間に彼女の魂は私に引っ張られる様に取り込まれたそうだ。


 そして丁度今と同じ教室の様な空間で私と対峙する事になった。彼女にとっては私が怯えている事が不思議だったらしい。彼女を呼びつけ取り込もうとしたのは私なのにと。


 彼女は言葉が通じるか声を出して試してみたが私には伝わらない。ああやっぱりもう生きている人と交流はできないと彼女は泣いたそうだ。


 そして最後に出たのは『ワタシ ヲ ミツケテ』という願い事であった――


「私にはその言葉だけしか聞こえなかったよ……」


『シッテル』


――彼女はそれからずっと私の中に捕らえられていたが私の行動はぼんやりと認識していたらしい。


 なんとか自分の意思を伝える為に色々思考錯誤を繰り返していたが結局何もできなかったそうだ。


 そして私が眠ると彼女にとって不快な出来事が起こる。眠りについた私は彼女の記憶を読み飛ばし投げ捨てながら漁り始めたらしい――


「違う! 私はそんなことしてない!」


『タブン ジカク ガ ナイ ダケダヨ……』


――そして彼女の身体の場所に繋がると感じた記憶を私は熱心に見ながら最後には感情移入しすぎて苦しみ出し目を醒ましていたらしい。


 そんな光景を見せつけられたなら誰だって気味が悪いと感じるでしょうと。


 彼女の記憶を盗み見た私は遂に彼女を演じ始めた――


「演じ始めた……? どういう事……?」


『アレモ ジカク ナイノ?』


――私が身体を乗っ取られていたと感じていた時も彼女は何もしていなかった。ただ私は彼女の記憶を自分の物の様に勝手に引き出して使っていたらしい。


 彼女が身体を見つけて欲しいのは事実だが彼女はお母さんの元に帰りたいとは思っていない。


 ただあの場所だと動物に食い荒らされるのが痛そうで怖いから見つけて欲しいだけなのだと――


「えっ? だってあの時お母さんに会いたいって……」


『アナタ ノ キオク ガ マジッテ オカシク ナッテルヨ』


「じゃあなんでアカリちゃんの場所を指差せたの?」


『ソレハ……』


――私の拘束がたまに緩む事に気がついた彼女は彼女の記憶を盗み彼女を演じている気味が悪い私から抜け出す機会を伺っていた。そして出られると感じた彼女は彼女が埋められている方向に向かって何度か私の身体から抜け出そうとした。


 その方向が抜け出せそうな気がしたからという理由で。


 その度に私に慌てて捕らえられその度に彼女の身体が埋められている方角を指差していたらしい――


「山登りの時に強く感じたのはなんで?」


『アノトキ ダケ アナタ ノ ナカ カラ スコシダケ デレタ カラ』


「全部私のせいなの……?」


『ワカラナイ……』


――朧げに見えていた彼女には私に悪意が無い事はわかっているらしい。


 ただ呼びつけた彼女と交流することなく記憶を盗み見る様が気味が悪いと。


 願い事を叶えてくれた事には感謝をしているが彼女はもう私から解放されたいそうだ――


「私も同じ気持ちなんだけどね……」


『ソウダヨネ……』


 これからどうすればいいのかわからないがこれが私の問題なら何か自分を騙して無理矢理納得できればいいのではないだろうか……。


「そうだ……。アカリちゃんお別れの挨拶をしよう」


『ドウシテ?』


「私が事件解決を納得する為に」


『……ワカッタ ヤッテミル』


 アカリちゃんが私に少しだけ近づいてきた。緊張はしているみたいだが少なくとも急に暴れ出しそうな状態ではない。


『ワタシ ヲ ミツケテ クレテ アリガトウゴザイマシタ。サヨウナラ オネエサン』


 アカリちゃんは学校で行う様なお辞儀をしながら私にお別れの挨拶を終えた。


「どういたしましてアカリちゃん。さようなら」


 私も彼女と同じ様にお辞儀をすると彼女から小さく驚く声が聞こえてきた。


 頭を上げるとアカリちゃんが少し薄くなっている。


『オワカレ デキル ミタイ』


「よかったねアカリちゃん。真っ直ぐ成仏するんだよ?」


『ウン。ジャアネ オネエサン』


 私に手を振るアカリちゃんはそのまま徐々に薄くなり私の視界から完全に消えてしまった。


 さて私もそろそろ目覚めなければ……。

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