第15話

 夜が明けて朝ご飯の支度をしている時に来客を告げる音がなる。


 タイミングよくコンロの火は消したのだが左手に味噌こし器を持っている私は手隙になっている結衣を頼ることにした。


「ごめん結衣。代わりに出てくれない?」


「了解。たぶんお母さんだと思うしね」


 徹夜明けの結衣は身体を伸ばしながらインターフォンを通り過ぎて玄関に向かっていく。


 朝が来るまで欠伸一つ出さなかった結衣ではあるが身体に負担は掛かっていた様だ。


 誰が来たのか確認する為に結衣の誰何の言葉に聞き耳を立てていたのだがガチャりと鍵が回る音が聞こえてきた。


「結衣! 不用心よ⁈ 何かあったらどうするの⁈」


「うるさいなぁお母さん。近所迷惑でしょ」


 結衣が玄関で結衣のお母さんに怒られているが結衣の言う通り玄関ではやめて頂けると嬉しい。


 扉が閉まり鍵が回る音が聞こえてきた。


 靴を脱ぎ玄関からこちらへ歩いてくる二人の足音が聞こえる。


「紬ちゃんは無事なのね⁈」


「まだ大丈夫。ただ眠る事自体が怖くなったみたい。今起き続けて……」


 結衣のお母さんの慌てた声と足音が真後ろまで近いてきてから私は振り向いた。


 結衣のお母さんが私の顔を両手で捕える。親指で頬の皮を引き下げられ眼球に冷たい空気に曝される。少し気持ちがいい。


 結衣と同じく背が高い結衣のお母さんは私の目の奥を井戸の底を確認する様にじっと覗き込んでいる。


「……大丈夫そうね。紬ちゃん私の事はわかるわね?」


「はい。結衣のお母さんです」


 顔を捕えられた状態では喋りにくい。上手く言葉を伝えられたが不安だったが結衣のお母さんが私の顔を解放してくれた。


 結衣のお母さんは後をついて来ていた結衣の方に身体を向けて結衣の頭に手を置き「よくやった」と一言だけ告げ私の方に向き直る。


「紬ちゃんのお父さんはまだ寝ているのね?」


「はい。でも私が心配じゃないとかではなくというか……」


「昼間に備えてでしょう? 結衣から連絡が来てるからある程度の状況はわかっているつもりだけど、もう一度紬ちゃんの口から聞かせてくれるかな? 勿論話したくない事は飛ばしていいからね」


「わかりました。叔母さんは朝ご飯って食べてきましたか? よかったら一緒にどうですか?」


「朝イチでここに寄ったからまだ食べてないわ。せっかくだからいただこうかしら」


「じゃあ紬のお父さん起こしてくるね?」


「えっ? ちょっと待って?」


 結衣は躊躇いなく私の父親の部屋に入っていく。咄嗟に味噌こし器から手を離すという発想が出なかった私は結衣の蛮行を止める事ができなかった。



 味噌汁の香りが漂うダイニングで四人は朝食を食べていた。


 結衣のお父さんだけ仲間外れにしてしまった罪悪感が芽生えるが状況が状況だけに許して欲しい。


 食べながらで行儀が悪いのは重々承知しているが結衣のお母さんの出勤時間までに話せる事を全て話した。


「紬ちゃんの情報からある程度絞り込みできそうね。ただ……」


 不法投棄の情報を調べてそこに辿り着いたとして少人数で歪んだキャリーケースを探すのはどうしても時間がかかる。


 ただ証拠も無しに捜索隊の活動方針は動かせない。彼らも独自で捜査しているのだから高校生が見た夢では説得することは無理だろう。


「私も行けば何かわかるかもしれません」


 ただ私が行ってもキャリーケースは見つけられないだろう。


 だけど私に取り憑いているアカリちゃんならば何か気づくのかもしれない。


 ただその時私がどうなるのかこの場にいる誰もがわからない事だ。


 結衣のお母さんが頭を抱える。


「少し時間を頂戴。貴方達が無闇に危険な目に遭うことを私は許容できないわ」


「理沙さん。そんなに待てないからね? 紬がずっと眠れない状態が続くなら僕は今すぐにでも動きたいんだから」


 私の父親が結衣のお母さんに向かって口を出す所を初めて見たかもしれない。


 ただ私も同意見だ。私はこの先どんどん弱っていくのだから余裕がある今のうちに動きたい。


「わかっているわ。ただ紬ちゃんの夢だけじゃなくて捜索隊からも情報を提供してもらってから考えたいの。キャリーケースがその場に残っていなかったから諦めますじゃダメでしょう?」


 その通りだ。


 もしアカリちゃんのお母さんが持って帰っていなくてもキャリーケースがその場に残されているとは限らない。


 私の夢での出来事だけで探すには人海戦術は使えず私が出向くしかないのだが条件の合う場所が何箇所あるか確認せず闇雲に歩き続ける事は無理だ。


 疲れても眠れないのだから……。


「理沙さん。何かあれば連絡してね?」


「わかったわ。とりあえず私は情報集めてくるから紬ちゃんと結衣をよろしくね」


「了解。……って結衣ちゃんもう寝てる⁈」


 私が準備した朝食を平らげた後誰からも知られる事無く綺麗な姿勢で椅子に座ったまま眠りについていた様だ。


 もしかすると少しだけ休もうとしたのかもしれないが眠気に負けてしまったのだろう。


 私にはこんな失態は許されない。


 気合いを入れなければ……。


「結衣! 一度起きて! 私のベッドで寝よう?」


 今まで私を守ってくれた騎士様に一時の休憩を与えよう。決戦の時に側にいてもらう為に……。

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