第13話
ゴミの山を越えて濃ゆい土の匂いがする斜面をお母さんはキャリーケースの中身を抱えてある程度道路から離れた場所に辿り着いた。
ワタシにとって受け入れ難い光景を目にしてしがみついていたお母さんから離れた。
そこにはキャリーケースを埋められる程の大きな穴が既に掘られていたからだ。
お母さんはいつからワタシを捨てようとしていたのだろう……。
お母さんの手によって乱暴に投げ入れられたキャリーケースの中身は穴の中で目を見開いたまま夜空を見上げている。
膝から崩れ落ちたワタシはお母さんがキャリーケースの中身に息を上げながら土を被せて誰からも見つからない様に隠そうとしている光景を見ている。
穴の中にあるキャリーケースの中身は葉っぱや小枝混じりの土で汚れながら徐々に見えなくなっていった。
お母さんは穴を埋め終わり息を整え斜面を戻ろうとしていたがワタシはキャリーケースの中身が埋められ見えなくなった跡を前に呆然としていた。
こんなの嘘だ。
キャリーケースの中身が埋められた場所で暫く俯いていると後から大きなゴミが倒れる音が聞こえた。
驚いて振り返るとお母さんがゴミの山を乗り越えている光景が見える。
『オイテカナイデ』
口は動くが声が出ない。
ワタシは慌てて走り出すがお母さんは一度も振り返る事なく斜面を登っていく。
ワタシはゴミの山を乗り越えるのに手間取りお母さんの姿を見失い、その直後にワタシの家の軽自動車のエンジンが動き出す音が聞こえた。
『オカアサン オイテカナイデ』
ワタシが大きく口を動かすがお母さんが乗った軽自動車がワタシを残して走り去っていく。
『オカアサン……』
お母さんを追いかけて暗く人気がない道路を進むが帰り道はわからない。
寝巻きにしていた長袖長ズボンの土埃を歩きながら払うが汚れが服に残ってしまって仄かに畑の土の様な匂いもついてしまった。
遠くから動物のギャーギャーという鳴き声が聞こえてきた。ふとあの穴に埋められたキャリーケースの中身が掘り返されて獣に齧られる場面を想像してしまう。
誰かが見つけてくれないとキャリーケースの中身が山に棲む動物に食べられちゃう。
『イヤダ』
視界が幾重にも鋭角に歪み風景が変わる。道が分かれていてワタシが迷子になった事を痛感した山の麓の別れ道の記憶。
『タスケテ』
再び視界が幾重にも鋭角に歪み風景が捻れていく。交番を見つけて助けを頼んだのに無視された記憶。警察のおじさんの顔は捻れていてよく思い出せない。
『ゴメンナサイ イイコ ニ ナルカラ』
視界が幾重にも鋭角に歪んだまま戻らず雨とは違うザーッという音が聞こえてくる。迷子になって彷徨った記憶が細切れになって再生される。
『ダレカ タスケテ』
視界が戻るとワタシが何かに引き寄せられる様に辿り着いた人工芝の広場にいた。建物からあの時と同じ様に誰かがワタシを見ているのを感じる。
声を出せないが視線の主に助けを頼んだ。
『ワタシ ヲ ミツケテ』と。
◆
ワタシは見知らぬ部屋で目が覚めた。
とりあえず起きあがろうとするが力が入らない。
そうだ、息をする事を忘れていた。
長い間息を止めていたワタシの肺に新鮮な空気が入り膨らんでいく。
「紬? どうしたの?」
知らないお姉さんが同じ部屋にいた。
ワタシはツムギって名前じゃないよ?
犬や烏の鳴き声が聞こえてくる土の中はもう嫌だと太陽が出てから彷徨ったワタシをミツケテくれた人の様に、このお姉さんもワタシをミツケテくれる人かも知れない。
ワタシはキャリーケースの中身をミツケテお母さんの元に早く帰りたいのだ。
目の前のお姉さんがついて来てくれる事を信じてワタシはベッドから出て部屋から出ていこうとするとお姉さんがワタシの肩を掴んで妨害してきた。
『ジャマ シナイデ』
声は出せないが口だけ動かしてお姉さんを弾き飛ばす。お姉さんは尻餅をついていたが死にはしないだろう。
この身体をいつまでワタシが使えるかわからないのだから早くキャリーケースの中身をミツケないと。
「紬、ごめん」
お姉さんがワタシの肩を掴んでワタシの身体を振り向かせてワタシの顔を力いっぱい叩いた。
◆
「イタッ!」
私は頬に痛みを感じて目が覚める。
「今度は紬だよね?」
先程までの事が鮮明に記憶に残っている。
私の意識がなくなった身体をアカリちゃんに乗っ取られていた様だ。
「ありがと結衣。ありがとう」
色々な感情の涙が私の目から溢れる。
「とりあえず落ち着こうか? 今日はもう寝られないでしょ?」
結衣の言葉に頷く私の頭。
大丈夫。
頬が痛いが私の身体は私の意志で動かせている。
私を取り戻せたと感じた時に私の自室の扉が勢いよく開かれ私の身体の中の空気が飛び出す程に驚かされた。
「紬! 結衣ちゃん! いま大きな音がしたけど無事かい⁈」
開かれた扉から私の父親が腰が引けた戦闘体制が現れる。
「とりあえずお父さんが扉をノック無しで開けた事が一番怖かったかな? 一応二人とも無事……かな?」
壁掛け時計を確認すると午前二時過ぎ。眠らなければ学校にいる昼間の間に居眠りをして再び私の身体を奪われてしまうかも知れないがこのまま眠れるかと言われれば無理だと思う。
「とりあえずリビングで何があったかは話してくれるかな? どうせお父さん紬達が心配で寝られないからね」
私達二人は父親の提案に同意してリビングに向かう。とりあえず何かを飲みながら私が私でなくなる恐怖を二人に吐き出してしまおう。
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