第12話

「危ないと感じたらすぐに防犯ブザーで呼ぶんだよ? 声が出せなくてもそれなら助けを呼べるからね? じゃあ……おやすみ紬、結衣ちゃん」


 心配そうな顔で就寝の挨拶をする父親。


 これまでの出来事を伝えた後に頭を抱えていたがお泊まり会の件を了承してくれた。


「おやすみお父さん」


「おやすみなさい叔父さん」


 父親から提示された対策の一つとして私の手には防犯ブザーが握られている。


 近所迷惑になるからできれば使いたくはないが声が出ない状況でも手が動けば助けが呼べるからと父親から手渡された物だ。


 例え父親が目覚める事がなくても近所の人が異常を感じて助けてくれるかもしれない。


 ただ今夜私が頼りにしているのは同じ部屋にいてくれる結衣の存在だ。


 眠る事が少しずつ怖くなっていたが助けてくれる存在が隣にいる事が何より心強い。


「さて寝ようか」


「紬……寝るのってそんなに気合いを入れる事だったっけ……?」


 殺風景な私の自室に結衣を迎え入れ、眠る為に気合いを入れていたが結衣に疑問をぶつけられてしまった。


「正直寝るの怖いからね。でも結衣もそんなにコーヒー飲んだら眠れなくない?」


「私は今日眠らないで紬の事見張るつもりだからね。眠くなったら途中でコーヒーをもう一杯淹れようと思ってるし」


「明日学校あるのに大丈夫なの?」


「徹夜自体は大丈夫だと思うけど。それより紬の身に何が起こっているのかできるだけ早く確定させた方がいいでしょ?」


 私の身に起こっている事を結衣は確定させたいのだろう。


 私を嘘つきにさせない為に……。


「なんか緊張してきたよ……」


「紬は明かり消したらすぐに寝られるでしょ? 何かあれば助けてあげるから安心して寝ちゃいなよ」


 結衣が私の自室の明かりを消す。


 私はベッドに潜り込むが結衣は先程の言葉通りに入ってくる事はなく椅子に座った。


 今夜見る夢で何か手がかりが見つかればいいなと楽観的に思いながら目を閉じる。


「おやすみ結衣」


「おやすみ紬」


 見守られ寝ることは初めての体験だが上手く寝る事ができるだろうか……。



 雨とは違うザーッという音が微かに聞こえてくる。


 部屋の隅で俯いて泣いていたワタシは目を開けて部屋の様子を確認した。


 動かなくなったワタシの身体をお母さんが慌てながらキャリーケースに詰め込んでいる様子が部屋の隅からだとハッキリとわかる。


 今まではごめんなさいと何度も言いながら部屋の隅で邪魔にならない様にしていたらお母さんはワタシの事を許して殴るのをやめてくれた。


 だから同じ様に部屋の隅にいて泣きながら謝っていたのだがお母さんはワタシの事に気がついてもくれない。


 やがて用意を終えたお母さんはワタシを詰めたキャリーケースを持って外に出て行く。


 このまま泣いていたらどこかにワタシを捨てられると感じたワタシは慌てて追いかけてお母さんに縋り付く。


 いい子にするからワタシを捨てないで……いい子になるから……。


 縋り付いても歩くのをやめてくれないお母さんに抱きつくがいつまで経ってもワタシの存在に気がついてくれない。


 表情が無くいつも以上に怖いお母さんの顔越しの雲一つない星空には大きな月が浮かんでいる。


 綺麗でまんまるなお月様だ。


 我が家の軽自動車が停まる駐車場に辿り着き重いキャリーケースをお母さんが乱暴にトランクに投げ込んだ。


 ドスンという重たい音が何処も痛くないのにお腹を殴られた時の様な気持ち悪さがワタシを襲う。


 ワタシは大丈夫だがキャリーケースの中身は大丈夫だろうか?


 何度も何度もお母さんに捨てないでと抱きつきながらお願いしたがワタシの事を見つけてくれない。


 お母さんが我が家の軽自動車に乗りこんでエンジンをかける。


 キャリーケースの中身をどこかに捨てる為に……?



 車の座席を通り抜けてしまうワタシはお母さんにずっとしがみついていたが人気のない山に辿り着きお母さんは車を道路の端に寄せて停めた。


 嘘だ……そうだコレは夢だ。


 起きたらいつもと同じ様にお母さんにおはようと言おう。


 舗装された片側一車線の道路には歩道が無く山林に車が落ちない様にガードレールが設置されている。


 こんな寂しい場所に捨てられる夢を見るのはワタシが悪い事をしたからだ。


 朝起きたらお母さんに謝って何がいけない事だったのか聞こう。


 お母さんが車を降りてトランクから重いキャリーケースを取り出した。そして車が来ない事を確認してガードレールの前でキャリーケースを持ち上げる。


 ガードレールの先には不法投棄された大型家電が大量に存在していた。


 足元を見れば空き缶、タバコの吸い殻、肉まんの包装紙がある。


 嫌だ。


 嘘だよね。


 ヤメテ!


 投げられたキャリーケースはガードレールをかろうじて越えたが大きく変形して中身が飛び出ていた。


 舌打ちをしながらお母さんはガードレールを乗り越え飛び出てしまった中身をキャリーケースに戻そうとしていた。ただ変形してしまったキャリーケースではいつまでたっても中身を隠すことができない。


 お母さん諦めて一緒に帰ろう?


 お願いだから置いてかないで?


 ねぇワタシを見て?


 ワタシ ヲ ミツケテ?


 いつ他の車が来るか焦ったお母さんはキャリーケースの中身だけを抱えて山林の奥を目指して歩き始めた。


 ワタシは……いや私は誰だ?

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