第6話

 私は見慣れた筈の教室に入る事を躊躇する。


 教壇側の扉は開かれたままであり一歩踏み出すだけなのだがあの女の子がいるかもしれない恐怖から足が止まってしまう。


 教室の中から級友達の雑談が聞こえているのだから大丈夫な筈だと朝絞り出した勇気の様に恐怖を振り払いながら思い切って教室に入る。


 自分に割り当てられた机に向かって私にとっての恐怖の対象が教室に存在していないか見渡しながらゆっくりと歩き出す。


 教室にはまだ全員は揃っていないものの級友達が数名毎に集まり談笑している。


 これから朝礼が始まるまで級友達が登校してもっと賑やかになっていくのだろう。


 窓の外は青空と人工芝が張られた校庭が見える。


 ガラスの反射で見えない部分が多いが恐らく誰もいないだろう。


 ふと見上げた黒板の上の時計は規則正しく動いてはいるが教室のあちこちから発生している音に打ち消され針が進む音は聞こえない。


 やがて私は自分の席に辿り着く。


 大丈夫……あの女の子はこの教室にはいない。


「おはよう紬」


「おはよう結衣……」


 私が自分に割り当てられた机に鞄を置いた時にまだ鞄を持ったままの結衣が近いて来て話かけてきた。


 私がこの世で一番頼りにしたい人物が目の前にいるだけで安堵するが声が少しだけ怯えが残っていたらしい。


「元気なさそうだね? どうしたの?」


「夜にもあの女の子が出た……」


 顔色を伺うように私を見つめる結衣に単刀直入に昨晩の出来事を伝えようと私は口を開く。


 結衣にできれば解決の為に協力して欲しいが例え協力を拒まれたとしても全部話して少しでも楽になりたい。


「女の子?」


「テスト中に見た怖い夢の女の子だよ……」


 疑問を浮かべた結衣に私は声が震えてしまわない様に返答する。


 本当に見つけて欲しいなら他人に頼っても大丈夫だよね?


「ああ。昨日紬が悲鳴をあげてたヤツか。えっ……? 冗談……だよね……?」


「本当に出たの……」


 冗談にしてしまいたいが二度も現実味を帯びた体験をした私をあの女の子は見逃してくれるのだろうか?


 もはや私は呪いや祟りを否定できない。


 あのまま金縛りが続いていたら私は死んでいたかもしれないのだから……。


「同じ夢だったの? 思い出して想像しちゃったとか……?」


 結衣が長話になりそうな気配を感じて私の前の席の椅子を無断で借用する。


 その姿を見て私は邪魔になる机の上に置いた鞄を机の横に掛けた。


 同じ夢だったならここまで怖くなかった……とは言い切れないが金縛りにあった事と息ができなかった恐怖が現実に起こった事として私の芯の部分に強く残っている。


「夢じゃ無くて金縛りになって……でも目は開けられなくて……最後にあの女の子の声で『私を見つけて』って……」


「女の子は見てないけど声が同じだったのね……二度も続けて不気味だね……」


「見つけないとずっと出るのかな……?」


 涙が溢れそうになる。


 泣いたらダメだ。


 時間は待ってくれないかもしれない。


 早くあの女の子を見つけないと……。


「どうかな……? 自然に治ればいいんだけど……。そんな感じでもなさそうなんだよね?」


 これが私の想像の産物でしかないのなら自然に消えていくのだろうが私は息ができなくて死にかけている。


 あの女の子が原因だとしたら解決して早く解放されたい。


 ただ私に与えられている物が少なく取れる行動も限られている。


「どうしたらいいのかな……?」


 ふと弱音が私の口から溢れ出る。


 今ある物で私はあの女の子を見つける事ができるのだろうか?


「紬はどうしたの?」


「あの女の子を見つけたい」


 正直お祓いも病院もどちらも自身が否定されそうで怖い。


 それに原因が怖い夢を見たからなんて恥ずかしくて他の人には言えない。


 朝礼の時刻を告げる放送が流れる。


 結衣が借用していた椅子の持ち主が結衣に声をかけようか悩む姿を見て私は結衣に席に戻るよう促した。


 結衣は立ち上がり心配そうな顔で私を見ていた。


 心配するのは当然だと思う。


 たかが夢で現れた女の子を見つけたいなんて正気を疑う人が大半だろう。


「まぁ紬がその女の子を見つけたいなら協力はするけど……お祓いとかも考えておこうね? 見ず知らずの女の子の事より自分の事を第一に考えなよ?」


 ただ私の幼馴染は私の恐怖の根源を無闇に否定せず私を信じてくれている。


 だからこそ私の幼馴染は私にとっての英雄なのだ。


「うん。また後でね」


「んー。女の子を探すなら昼休みに情報を纏めよっか? 休憩時間に細切れに考えてもいい案浮かばなそうだしね。それまではその女の子の事を忘れてリラックスしときなさい」


 私の恐怖の根源を信じている訳ではなくあくまでも私の味方として傍らにいてくれるようだ。


 ただそうだとしても最大の理解者である結衣が味方になった事は心強い。


「ありがと結衣」


 恐怖や安堵やその他諸々の感情が未だに私の心の中で暴れ回っている。


 少しでも気を緩めると泣き出しそうだ。


「どういたしまして?」


 疑問系な返答を残して結衣が自分の席に戻っていく姿に心細さを感じたが、結衣と距離が離れても大丈夫だと言い聞かせる。


 とりあえず昼休みまでには私がわかっている事をまとめておこうと決めた。

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