第3話
放課後。
漸く涙が収まった私は結衣と一緒に部活動の生徒達による音が聞こえてくる教室に残ってそれぞれの昼食を同じ机に広げていた。
教室に残っている生徒は少なく同じ様に弁当を広げている級友は数組いるだけだ。
私達は自宅に帰ってそれぞれ一人きりで昼食を摂る事を嫌がり中間考査期間中の放課後に一緒に教室で過ごす事を続けていた。
どちらにせよ父親の弁当を作る私にとって自分の分を用意する手間は然程変わらない。
「名前もわからない女の子なんて探せるのかな?」
私は生々しく脳内にこびりついた夢での出来事を思い出しながら結衣に疑問をぶつける。
「なんの話?」
私の前の席の椅子に横向きに座る結衣は売店で購入したサンドイッチを開封しながら聞いていた私の話に疑問を感じ表情に変化させた。
「さっきの怖い夢の話。夢で『私を見つけて』って言われたんだけど何処の誰かもわからない女の子を見つけられないよね?」
私に名無しの権兵衛を見つける手段はあるのだろうか?
存在しているかもわからない女の子を探してどうにかしたい気持ちは私には存在していない。
むしろ関係を断ち切りたいと願っている。
しかしあの生々しい感覚がどこかに残っている限りあの言葉の意味を求めてしまう。
「似顔絵配るとか? やめなよ、忘れちゃいなって。あんまり気にしていると今晩また出てくるよ?」
美味しそうにサンドイッチを頬張る幼馴染を見ていると怖い夢の世界での出来事から少しだけ距離を取れているが現実と見間違える程の生々しさを肌で感じてしまった私は直ぐに何かしなければという感情に引き寄せられるだろう。
「でも……」
「第一見つけたとしてどうするの? 怖いお化けだとしたら紬食べられちゃうよ?」
幼馴染の意見を聞いて私は返答に詰まる。
夢だと思いたい出来事が現実であり実際に女の子が存在していたら?
あり得ない事が現実になってしまった時に私はどうすればいいだろうか?
「んー。じゃあどんな子だったの? 鬼の様な形相とか血だらけだったとか?」
考え込む私の姿を見て不安を感じ取ったのかわからないが私の幼馴染は私が居眠り中に見てしまった悪夢の話を聞いてくれる様だ。
しかしどんな子だっただろうか? と思い出しながら私は結衣に言葉を返す。
「血塗れとか傷だらけでも無く整った顔の可愛い子だったよ。ザ・幽霊とかそんな感じは無かったと思う」
「それで?」
「髪の毛が長かった……かな?」
あれだけ生々しい感覚が残っているのに記憶は不確かで不鮮明だ。
やはりあれは夢の出来事で私が創り出した虚像なのだろうか……。
「何歳くらいの子だったの?」
「小学生の高学年くらい……かな?」
身長は私より低く児童とも言えない雰囲気からの当てずっぽうである。
夢で出会った女の子は化粧をしていなかったからそこまで大きく外していないとは思う。
「じゃあ紬くらいの身長だね」
「いや流石に私の方が高かった筈だ!」
茶化す為に私の身長を弄りながら笑う結衣に私は抗議の意味を込める為に語気を強めにするが笑い声は止まらない。
「ごめんごめん。で……見た事も聞いた事もないと」
「……そう」
笑った事の謝罪をしながら私の幼馴染は過去にその女の子と会った事が無いのか確認し私は会った事が無いと返した。
実在の人物か架空の人物かの判別すらできていない。
そして写真すら無く記憶が曖昧な私の証言から似顔絵を描いてみたとして辿り着くことは簡単では無い事が容易に想像できる。
「それで夢の中でその子に何されたの? あれだけ変な声を上げたんだからさぞ怖い夢だったんだろうけど?」
面白がる幼馴染の顔に苛立ちを覚えるが恐らく笑って忘れさせようとしてくれているのだろう。
「教室に誰もいなくなって……時計も止まっていて……」
「それで?」
私は幼馴染に夢で体験した出来事を思い出しながら伝え始めた。
その中で疑問が浮かぶ。私はあの女の子に何かされたのか?
状況は確かに怖かったがあの女の子は私にただ一言伝えたかっただけなのではないか?
――ワタシ ヲ ミツケテ――
と。
あの女の子の泣きそうな顔が脳裏に蘇る。
「騒音が消えて見上げると女の子はいなくて……最後に耳元で私を見つけてって囁かれた」
「どこぞの怪談話みたいだね。才能あるかもよ?」
「やめてよ! 本当に怖かったんだから!」
耳を劈く鋭角に歪んだ音や誰も頼れる人が存在していない教室は恐怖体験で間違いないく最後に耳元で囁かれた事も衝撃的だった。
しかしあの女の子が意図してやった事だとは思えない。
「とりあえず本気で探すなら人手も時間もかかるだろうからその女の子の件はその子が今晩また夢に出てきてから考えよう。この卵焼き貰うね」
「まぁいいけど……」
結衣が強引に夢の話を打ち切り卵焼きの切れ端を私の弁当箱から奪う。
「紬考えすぎない方がいいよ? 現実味があったとしても夢の出来事で現実を疎かにしたら勿体無いしね」
「……それもそうだね。帰って家事終わらせる頃には忘れたいね」
私は紙パックのお茶を飲みながら帰った後の事を考え始めた。
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