【KAC2022】 あのとき、本当は彼女はヒーローだったことを私だけが知っている。

東苑

あの日のあなたに憧れて……



 うららが熱を出して学校を休んだある日。

 放課後。

 私はクラスメイトのあやと一緒に帰っていた。 


 あやとは高校からの付き合いで、普段よく一緒にいる。

 文は大人しくて優しいけど、アニメや漫画の話のときはテンションが上がる女の子だ。


育美いくみちゃんとうららちゃんって幼稚園に入る前から友達だったんですよね。幼馴染みって憧れますよ~! 二次元作品の定番設定じゃないですか!」


「まあ、もう少し落ち着きがある子なら助かるんだけどね。うららっていつも身体のどこかに絆創膏つけてる子だったから」


「あ、すごく想像できる。二人は小さいときから今みたいな感じだったんですか?」


うららは変わらないね。カブトムシとか野良猫とかヘビとか掴みに行って……」


「へ、ヘビですか!?」


「そうなるよね、ヘビは普通じゃないよね。よく考えると私が犬とか猫とか苦手になったのはうららのせいな気がしてきた」


「前に麗ちゃん言ってましたね、育美ちゃんは人間以外の生き物が苦手だって」


「認めたくはないけどその通りだと思ってるよ。で、私が小さいときは……なんか麗をよく止めに入ってた気がするな」


「つまり二人とも今と変わらない?」


「うーん、昔は麗の背中に隠れてる感じだったかな。いや実際に隠れてるわけじゃないんだけど、精神的にっていうの?」


「え~!? ちょっと想像できない……。育美ちゃんってうららちゃんの保護者みたいな感じじゃないですか」


「あー、それ中学のときにも言われたことあるよ。まあ中学のときはもう今と変わらない感じだったかな。でも小学生のとき……ヒーローだったよ、麗は」


「え、ヒーロー? なんですかその話!?」


 ヒーローという単語にセンサーが反応したのか、目をキラキラさせる文。

 一瞬でテンションが最大まで上がった気がする。


 でもどうしよう。文が期待してる話ではないかもしれない。暗いし……。


「小学3年のときだったかな……」


 ちょっと迷ったけど話そうかなと思ったのは相手があやだったからというのもあったし、少し私の――私だけのヒーローを自慢したくなったからだ。


「これは人伝ひとづてに聞いた話だけど、クラスでとある女の子が女子グループからいじめられてて」


「え……」


 予想通りというかテンションが急降下する文。

 だ、だよねー。


「ごめん、やっぱりこの話やめようか」


「いえ、私こそごめんなさい。あと暗い話が嫌なわけじゃなくて、その……育美ちゃん大丈夫ですか? ちょっと辛そうだったから」


「っ!? 文! も~いい子!」


 ぎゅっと文を抱きしめて頭をなでなでする。


「私は大丈夫だよ。じゃあ話すね。いじめの原因はモテてた男の子からバレンタインにチョコ貰ったからだったんだ。で、聞こえるように悪口言われたりとか物隠されたりとか、そういうよくあることをされたわけ」


「ひどい……」


「で、うららが気づいていじめてた子たちと言い合いになって最終的にビンタしたんだ」


「ビンタ!? すごい……あ、ビンタがすごいんじゃなくて立ち向かっていったところがですよ?」


「あはは、わかってる、わかってる。でもビンタもすごかったよ? あ、すごかったらしいよ? 麗、空手やってたから」


 ばちーんっていい音鳴らしてた…………ちょっとスカッとした。


「その後どうなったんですか?」


「ビンタしたらダメでしょって麗が先生に怒られた。それっきりいじめはなくなったけどそれまでのいじめのことは有耶無耶になって、その後は麗が少しクラスで浮いてたね。ビンタ女とか言われてさ」


「麗ちゃん……」


 文が少し泣きそうになってる。

 そんな文を見て私もちょっとじーんとくる。


「でもいじめられてた女の子は全部わかってたから、麗は一人じゃなかったよ。だって麗はなにも変なことしてないんだから。その子にとって麗はビンタ女じゃなくて紛れもなくヒーローだったよ。その子だけのヒーローだった」


「…………あの、もしかしていじめられてたその子って」


 文がぼそりとなにか言いかけて、よく聞こえなかったから「え?」と聞き返す。


「いえ、なんでもありません……その」


 ぎゅっと文が私の手を握ってきた。


「きっと麗ちゃんも嬉しかったと思いますよ。それこそ麗ちゃんにとってはその子がヒーローだったかも。だってクラスで浮いてた麗ちゃんの傍にいたら、その子もまたいじめられるかもしれないのに、だから……その、なんていうか……2人ともすごい!」


「っ! そう、かな……すごいかな」


 少し声が震えそうになった。

 目はうるんでいたかもしれない。


 でもあのときいじめられてなにもできなかったから――

 クラスメイトたちになにを言われても堂々としてる麗がカッコよかったから――

 そんな麗に守られてるだけじゃなくて――

 相棒になりたくて――


 今の私は小学3年生のあの日に生まれた。


「まあそんな話が昔あったわけ」


 相棒になるつもりがなぜか保護者になってしまったけど。おかしいな~。


 私はできるだけ明るく続けた。


「あ、この話したの麗には内緒にしてね。機嫌悪くなるから。多分まだあのときのこと納得してないんだと思う」

 

「りょ、了解です!」


 いろいろ話してるうちにいつの間にか地元の駅に着いていた。

 私はバッグからプリントでふくらんだクリアファイルを取り出す。


「さ、宿題届けに行かないとね――」


 ――私だけのヒーローに。


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【KAC2022】 あのとき、本当は彼女はヒーローだったことを私だけが知っている。 東苑 @KAWAGOEYOKOCHOU

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