五人のヒーローを探し出せ!(KAC20228)
つとむュー
五人のヒーローを探し出せ!
ここはロークァット王国。
大富豪パーシモン家の令嬢キャロットは、王国で密かに伝わる噂を聞きつけた。
「ねえねえ、バードック! こんな噂知ってる?」
キャロット嬢が瞳を輝かせている時はろくなことが起きない。
これは執事バードックが、十六年間の経験から得た教訓である。
「この国で暗躍する五人のヒーローと会話をすると、気持ちのイイことが起きるんだって」
暗躍するヒーローというだけでもヤバそうなのに、それが五人もいるという。
それから小一時間、バードックはキャロット穣から噂の詳細を聞かされることとなった。
「まず石のヒーローでしょ。そして水のヒーロー。火のヒーローもいるんだって。あと湯のヒーローと毛のヒーロー」
指を折りながら、噂を聞いた時の記憶を手繰り寄せるキャロット。
ツインテールに結ぶオレンジ色の長髪を揺らしながら、バードックが最も恐れていた提案を切り出した。
「早速探しに行きましょ!」
◇
パーシモン家のお屋敷は、大河のほとりに建っている。
ロークァット王国を南北に流れるスクワッシュ川だ。
北部の山岳地帯を発端とする流れは、この国の貴重な水源となっている。
「じゃあ、まずスクワッシュ川を遡ってみましょ!」
キャロット嬢の作戦はこんな感じだった。
川を遡れば、やがて周囲は森となり、湖や渓流、泉が出現する。当然水のヒーロー、そして毛のヒーローにも会いやすくなるだろう。
山岳地帯には火山や温泉もあり、火のヒーロー、石のヒーロー、湯のヒーローもそこにいるに違いない。
「では、ホバークラフトを用意する」
ぶっきらぼうに答えながら準備を進めるバードック。
パーシモン家は自家用の小型ホバークラフトを有していた。川を遡るだけならボートでも十分だが、渓流や火山地帯を進むならホバークラフトが重宝する。
「一週間くらいキャンプできる用意もお願いね」
「了解だ」
バードックは屋敷の船着場にホバークラフトを接岸し、荷物を積み込んだ。
◇
スクワッシュ川を二時間ほど遡ると、大きな岩で水の流れが変えられている場所に出た。
その岩の上では、一人の男が座禅を組んでいる。
「もしかして、あの人は……」
石のヒーローに違いない。
しかし見つけるだけではダメなのである。会話をしないと条件は発動しない。
キャロット嬢は必死に岩を登る。
普段はあれほど運動嫌いなのにと呆れながらバードックは彼女を追いかけた。
「ここで何してんの?」
「見ればわかる」
ヒーローに何て口のきき方なのだろう。
白髪がまた増えそうだとバードックは頭を抱えた。
「わかんないから聞いてるんじゃない」
「街を救っているのが、わからないのか?」
キャロット嬢は、言われた通り岩の上から川の流れを観察する。
俯瞰して初めてわかることだが、男が座禅を組む岩は川の流れを街の外側へと変えていた。
街を洪水から守っている正に暗躍するヒーローだ。
「あなた凄いわ。でも岩の上にずっといる必要はないんじゃない?」
相変わらずの無礼な物言いに、男はきっぱりと言い切った。
「俺は動かぬ意志をこの岩に伝えている。俺が動いたら岩も動く」
まさに石の、いや意志のヒーロー。
さすがのキャロット嬢も返す言葉がない。
「ふうん、じゃあ頑張ってね」
まるで三年寝太郎のその後じゃないか。
再びホバークラフトのハンドルを握るバードックがそう思ったことは内緒である。
◇
さらにスクワッシュ川を遡ると渓流となり、森の中の泉にたどり着いた。
そのほとりでは、一人の男が座禅を組んでいる。
「あの人もヒーローじゃない? 座禅組んでるし」
キャロット嬢らしい短絡的な思考である。
彼女はホバークラフトを降りると、早速声をかけた。
「あなた、水のヒーロー?」
「いかにも」
しかしどの部分がヒーローなのかが分からない。
先ほどの石のヒーローのように、洪水を防いでいる様子もない。
すると水のヒーローが解説を始めた。
「ここにはよく乙女が来て、水浴びをする」
確かにここは気持ちの良い場所だ。
渓流が流れ込む泉。透明度も高く、底までしっかりと見える。
深さも水浴びをするにはちょうど良さそうで、底を覆う砂利は足裏に気持ちよさそうなサイズだ。
「へぇ、確かに素敵な泉ね。あなたさえ居なければ」
「気にするな。俺が訪問者を足止めする」
「とかなんとか言って、今まで散々乙女の裸を見てきたんでしょ?」
「いや、見てない。なぜなら俺は、見ずのヒーローだからな」
その言葉を聞いた瞬間、キャロット嬢の瞳がキラリと光る。
何か悪戯を思いついた時の輝きだ。
「じゃあ私、これから水浴びするからね。こいつのことちゃんと見ててよね、バードック!」
と言い終わる前に長髪を頭の上にまとめ、服を脱ぎ始めたのだ。
やれやれと思うバードックだったが、キャロット嬢の成長に目を見張る。
「お嬢、ぺったんこ、だった」
「だよな。あんな小娘、俺の守備範囲外だぜ」
「でも、今は、ぼんきゅっぼん!」
「えっ?」
水のヒーローがわずかに動揺したのを見逃さない。
バードックは言葉を続ける。
「久しぶりに見た、うなじ、美しい」
ゴクリと唾を飲み込む水のヒーロー。
「素敵なレディになった。体だけは……」
「らしいな……」
お互いにふうっと溜息をつく。
水のヒーローは、本当に一度も振り向かなかった。
◇
「お嬢、あいつ、一度も見なかった」
「ホント? マジでヒーローだったんだね」
泉を離れた二人は、ホバークラフトで山の斜面を登る。
火山の噴火口に近づくためだ。
周囲が熱くなってきたと思ったら脇を溶岩流が流れている。
見ると溶岩流の脇で、一人の男が座禅を組んでいた。
「止めて、バードック。あいつ溶岩流の流れを変えている」
ゆっくりと斜面を流れる溶岩流。
ところが座禅を組む男を避けるように流れを変えている。
「どうやってやってるのかわからないけど、あなた凄いわ」
男に近づくキャロット嬢は、素直に男を褒めた。
「簡単なことさ、ヒーローだからな」
男は涼しい顔で答える。
彼が火のヒーローであることは間違いない。
しかし、何かを見つけたキャロット嬢は小さく叫び声を上げたのだ。
「ああっ、鳥の巣が焼けてる!」
「近づくな、それは俺のだ」
キャロット嬢は男の言葉を無視し、巣の中を覗き込んだ。
そして軽蔑の眼差しを男に向ける。
「ちょっと、この卵焼けちゃってるじゃない。あんた本当にヒーローなの?」
「ああ、卵はこうして焼くと美味いんだ。俺は非のヒーローだからな」
「最低。軽蔑するわ」
「でも俺は溶岩流から街を守ってる」
「うぐぅ……」
確かに彼の言う通り、男の存在によって溶岩流は街とは違う方向に流れていた。
キャロット嬢は何も言い返せないまま、ホバークラフトに乗り込んだ。
「とっとと行って」
ぶすっと助手席に座るキャロット嬢。
この旅は、世間知らずの彼女にとってよい経験になっている。
再びホバークラフトを走らせるバードックは、ほくそ笑むのだった。
◇
しばらく行くと、尾根の近くで男が座禅を組んでいる。
残るは湯のヒーローと毛のヒーロー。
はたして彼はどちらだろう。
「あなた、何のヒーロー?」
キャロット嬢は今までと同様、気安く男に近づいていく。
「俺?」
「そう、あなたよ」
「俺はね、ユーのヒーローだよ」
「きゃぁ、助けて。バードック!」
キャロット嬢の呼びかけに立ち上がった男は、いきなり彼女を抱き寄せようとしたのだ。
「お嬢、こっちだ」
バードックは彼女を呼び寄せ、男の前に立ちはだかる。
そして一発、強烈なパンチを喰らわせた。
「ぐはっ!」
まともに喰らって後ろに倒れる男。
地面に後頭部を打ち付け、動かなくなってしまう。
「ねえ……死んじゃったの?」
「大丈夫、息してる。気絶しただけ」
すると不思議なことが起きた。
男が頭を打ち付けたところから、湯が湧き出してきたのだ。
湯の流れはどんどん増してゆき、窪地に溜まり始めていく。
「ねえ、見て! バードック。これとっても気持ちよさそうよ」
まさに自然の露天風呂。
と言っている間にも、キャロット嬢は髪を頭の上にまとめて服を脱ぎ始めた。
「お嬢、こんなところで」
「えっ? だってそいつ、のびてるんでしょ?」
彼女は男のことを気にも留めず、素っ裸になった。
ぼんきゅっぼんがまた露わになる。
「うわぁ、気持ちイイ! ちょうどいい湯加減よ」
無邪気に湯舟につかるキャロット嬢。
バードックはホバークラフトに腰掛け、ふと空を見上げる。それは、彼女が生まれた日を思い出させる突き抜けるような青空だった。
小さい頃からずっと見守ってきた。その女の子はもう素敵なレディだ。
こんなハチャメチャで楽しいひと時も、もう終わりに近いに違いない。
するとキャロット嬢が、恥ずかしそうにバードックに声をかける。
「バードックも一緒に入りましょ! こんなに眺めがいいんだから、入らないなんてもったいないよ」
バードックは周囲を見渡す。
ここは火山の山頂に近い。眺めは抜群なのだ。
遥か眼下には、ロークァット王国の街並みが広がっていた。
最後に――彼女との素敵な想い出があってもいいはずだ。
「じゃあ、お嬢と、入る」
バードックはゆっくりと服を脱ぎ始めた。
まず、傷だらけの腕が露わになる。そのほとんどはキャロット嬢を守るために付いたもの。
ペットに引っ掻かれそうになった時、崖から落ちそうになった時、彼女の八つ当たりでできた傷もあった。
それを見た彼女がしみじみと感謝を伝える。
「今までありがとう、バードック。ずっと私のことを守ってくれて」
そして裸になった彼の姿に、キャロット嬢は目を丸くした。
すね毛から胸毛まで、毛むくじゃらだったから。
「も、もしかして……」
「そうだ」
バードックはついに彼の正体を明かしたのだ。
「私だ、毛のヒーローは」
五人のヒーローを探し出せ!(KAC20228) つとむュー @tsutomyu
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