第4話 感謝を込めて、ボディブロー


「アナータの名前は、なんといいマスカー?」


アリッサ・ブラックペッパーと名乗るその少女は、小首を傾げながら俺に聞いてきた。


「え、ああ…俺は不知火フレンだ。よろしく、アリッサ。」


俺は、握手を求めて手を差し出した。


すると、アリッサは、俺は正式名称を知らないんだが、あのアメリカの人が挨拶の時にやる、めっちゃ手を動かすやつをやってきた。


俺の手は、アリッサになすがままに動かされていた。

アリッサは、色々な手の動作をした後、最後に俺の脇腹に思いっきりボディブローを打ってきた。


「グフッ!」


唐突な攻撃に俺は反応出来ず、しかも、結構な威力だったので、その場に脇腹を押さえて蹲った。


「何すんだ…いきなり…」


見上げると自信満々な表情でアリッサは言った。


「これはワターシの国の挨拶デース!しかも、ただの挨拶デハナク、尊敬や感謝の意ヲ特に伝えたい相手にするものデース!」


「感謝してる相手を殴るっておかしくないか…?」


まだ、痛みが引かない脇腹を庇いながら俺はゆっくりと立ち上がった。


さっき、チンピラにボコボコにされた分と合わせて満身創痍な俺だが、まだ異世界に来て数時間しか経っていない。

しかも、まだ老人が住んでる小屋と田舎町にしか訪れていない。


大丈夫か?この先。明日には死んでるんじゃないか?


俺が立ち上がるのを見て、アリッサはそれを覗き込む様な態勢で言った。


「アナータは、フレン・シラヌイというのデスカ!

Oh!ミスターシラヌイ!ナンカ、火の魔法を使いそうな名前デスネ!火の魔法をワターシに見せてクダサーイ!」


アリッサは両手を大きく広げて、爛々と目を輝かせている。期待する彼女には悪いが…


「俺は火の魔法は使えない。今のところデバフしかできない。っていうか、そんな魔法使えたらさっき使っていただろう。」


それを聞いたアリッサは、やれやれみたいなジェスチャーをして、


「名前詐欺デスネ。壮大な名前ノ割に地味な魔法しか使えないナンテ。」と呆れていた。


なんだろう?こんな奴、助けなければよかった。


「んじゃま、俺、行くから。じゃあな、ミスクソガキ。せいぜい、偉い人に怒られない様にしろよ。」


俺は、アリッサに背を向けて歩き出した。すると、アリッサは、えっと動揺して俺の服の袖を掴んだ。


「エッ、エッ、行くのデスカ?マ、マテヨ…。ワターシはこの町に来たばっかデ、右も左もワカリマセーン!案内して欲しいデース!」


袖を掴まれた俺は立ち止まって、アリッサを呆れた顔で見下ろして言った。


「嫌に決まってるだろう?なんで、お前みたいな生意気なガキの世話をしなくちゃいけないんだ?」


「そ、そんなこと言わないでクダサーイ!ミスターシラヌイとは、仲良くしたいデース。」


アリッサは、袖が伸びそうになるほどグイグイと引っ張る。


「仲良くしたい奴の言動じゃなかっただろ!今までの!第一、俺も来たばっかでよく知らねーよ、この町。」


アリッサは、再びやれやれのジェスチャーをした。


「なんだ、アナタも情報弱者じゃないデスカ。あまりワターシをガッカリさせないでクダサーイ。」


「まぁ、通話魔法でこの町をガイドしてくれてる人がいるから俺は安心なんだけどな。」


「o…oh!ミスターシラヌイ!仲良くしようデース!」


「お前の手のひらドリルか!…はぁ、まぁいいや。案内してもいいけど、その生意気な口は慎めよ。おい、じいさん!」


じいさんを呼ぶとガタッと椅子が動く音が俺の脳内で響き渡った。


「な、なんじゃ!?世界の危機か?」


「…よくこの短時間で寝れたな。悪いが睡眠は俺の案内が終わるまでお預けにしといてくれ。まず、宿屋は…さっき場所を聞いたから、そこに行った後、すぐ金が手に入る様な仕事を紹介してくれ。」


ああ…はいはい、とじいさんは眠そうに言った。


アリッサといい、じいさんといい、異世界に来てからまともな人間に会ってない気がする。


「よし、行くぞ。アリッサ、お前どこに向かってたんだ?」


俺は、そう言って表通りへと歩き出した。


「ワターシも宿屋を探してたデース!奇遇デースネ!」


アリッサもそう言って俺に続いた。


「知り合いでもないワターシをチンピラから助けたり、町を案内してくれたりするナンテ、ミスターシラヌイは、良心的デスネ!」


俺は、他所を見ながら答えた。


「宿屋は、すぐそこだ。案内するまでもない。」


そう言って、今度はアリッサの方を見た。


「俺は、知らない町に来てとても不安だ。ガイドはいるが、それでもやっぱり心細い。お前もそうだろ?だから、一緒に行動しようじゃないか。この町を知らない者同士。」


アリッサは、それにニッコリと笑って頷いた。


「チンピラにボコボコにされた人と一緒に居ても、全然、頼りないですケドネ!」


「口を慎めと言っただろ。そういえば、なんでアリッサはチンピラに絡まれてたんだ?」


アリッサは答えた。


「それはデスネ。さっき、シラヌイにやった挨拶をチンピラにもやったのデース。そしたら、『何すんだいきなりコラ!痛いだろコラ!』と理不尽に怒ってきたのデース。」


それ、理不尽じゃないよ…。そう思いながら俺はアリッサを連れて宿屋に向かった。

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