第10話

「本日より、ころね内の下ネタは禁止します」

「え?」

「マ?」

「何か変なものでも食った?」

「それすらネタ?」


 一斉に声を上げたのは、ほのかさん、ねっぴーさん、来栖さんあたり。


「いや、反対はしないけど、どうしちゃったなり?」

 とsuzumeさん。


「今日から清く正しいパグパグになるのです」


「www」

「w」


 草が生えた。

 いやいやいやいや。

 人として当然のことを言ってて、草生えるのはおかしいでしょう。キサマら。


 私のイメージどうなってるの!


 とは言え、イメチェン、イメチェン。


 それからは、誰かが下ネタを発すると、レアニスさんの真似をして「コラー」と叫ぶようにした。

 旧服のストックから、アステリアガーダー(婦警服)も用意して、下ネタ警察として、受けを意識した形で取り締まってみる。


 だけど。

 その日を境に、オレンジ色のチムチャはだいぶ減った。


 もちろん、緊急の固定メンバー募集のチャットとか、多少の動きはある。

 だけど。


 やっぱり減ってしまった。


 チーム「ちょこころね」のアクティブユーザーは、20人くらいだ。

 そのうち、ドリスさんは年齢を明かしていて、アラフィフだったりする。

 ゆみみさんもそのあたりを明かしていて、具体的な年齢を聞いているわけではないけど、まあ結構な年齢だ。多分、ドリスさんよりも上なのは間違いない。他にもほのかさんあたりは、結構な年齢じゃないかと想像はしている。

 とは言え、若い子も多い。

 女性メンバーもそれなりにいる。


 あ、いるはず。


 ちょっと、自信なくしているけどw


 でも、圧倒的に多いのは十代から二十代の男子。

 そして、彼らはあまりしゃべらない。

 普段から、あれこれしゃべるような陽キャな子たちなら、ともかく、オンラインゲームやってるような子たちで、積極的に自分を発信できるような子たちなんかいない。


 わかっていたはず。

 わかっていたはず。


 私は、このゲームの初心者だった時期を思い出す。

 ゲームが好きで、いろいろなゲームに手を出していたあのころ。


 私にとって、PSO2は、数あるうちのゲームの一つに過ぎなかった。


 最初に登録したチームは……、何だっけ。

 チーム名すら覚えていない。

 たしか、女性や初心者でも安心、運営ルールしっかり決めてます、と銘打ったチームだった。

 たしかにチムマスはしっかりしていて。

 緊急のタイミングが近づくと、マネージャー主導でパーティー組み始め。

 だけど、ログインしないと「何で昨日ログインしなかったの」とか言われ始め。

 さらには、チムマス本人に性別がバレ、しばらくしたらオフ会やろうみたいな空気になった。


 挙句にメンバーの一人が私にやたらと付きまとってくるようになった。


 チムマスに相談したら、「運営ルールに抵触しているわけじゃない」と言われてしまった。

 その瞬間、私はチームを抜けて、チムメン全員ブロックして、翌週のサーバー移動で、今の7鯖へと引っ越した。


 そこで出会ったのが「ちょこころね」だった。


 私は性別を隠して、チームに加わった。

 適当な下ネタにも、あえて加わって、男っぽくふるまった。


 そこでわかったことは、男だから楽なのではなく、軽く緩いつながりの方が、気楽に付き合えるということ。


 当時のチムマスが言っていた。


「オンラインゲームはね、友達とかチームとかがあって、初めてオンラインゲームなんだよ。遊び方は、その中でみんなが決めればいい。だから、うちはまったりチームなのさ。だけど、俺とマネージャーは適当に雑談する。クエストのこと、スクラッチのこと。そうすると、誰かがちょっとしたことを聞いてくる。

 やっぱり、静かだと、わからないことがあっても聞きにくい。パグさんもそうじゃないですか。うだうだ言いながら、その流れなら何となく聞けるってのもあるじゃないですか。

 固定だって、たまにみんなでやると楽しいよね。でも、毎回ルールとして決めたらめんどくさいやん。ソロでやりたいことだってある。チームでやりたいことだってある。

 そんな、緩やかな繋がり。初心者、ベテラン含めて、雑なチャットとそれに対するリアクションで縁ができる。それが一番大切なんじゃないかな」


「でも、時には嫌なこと言ってくる人もいるじゃないですか」

 私の反論に対して、チムマスはさっくりと答えた。


「そのメンバーには、直接話をするさ。気をつけようね、と言うさ。その上で、うちにいたければ慎んでもらうし、嫌なら出ていけばいい。ゲームなんだからね。嫌な思いまでして、いることはない。だから、パグさんも、何か嫌なこと言われたら、俺に言ってね。まあ、直接の暴言とかじゃないかぎり、あまり注意したりすることもないんだけどさ」

 その言葉は、当時の私にちょっと刺さった。


 もっとも、当の本人が、いきなりログインしなくなって、チームを放置して。

 結局私が引き継ぐことになったのは、まあ、いろいろある。


 あるけど。


 あまり、重すぎないこと。

 そして、あまり軽すぎないこと。


 自由って難しいよねってのが、私のチーム運営の学びだった。



 そうなんだよね。


 だけど。

 だけど。


 私だって、自分のこと考えてもいいじゃん。


 でも、会話がなくなるのって、嫌だよなあ……。



「パグさん」

 ウィスパーチャット。

 ロレさんだった。




「あわわわわわわわ」

 あ、これはリアルの声。


「何です?」

 テキストチャットは、慌てる状況があまり見えないのがありがたい。


「何かあったでし?」

「何がです?」

「無理してるでし」


 無理なんか……。

 誰のせいですか……。


「してませんよ」


「変態トークするなって、誰かに言われたでしか?」

「いいえ。私が決めたことです」

 強いて言えばあなたです。


「パグさんは変態だけど、それはムードメイキングのためでし」


 ロレさんのアバターは笑っている。

 いや、アバターが笑顔の設定だから、何もしなくても笑っているのだが……。


 何か、むやみやたらに腹が立つ。


 ちょっと困らせたくなった。

 わがままを言いたくなった。


 それで嫌われたら、それまで。


 私はスマホを取り出して、LINEを立ち上げる。

 相手は佐々木さん。


「急でごめんなさい。今から会えないでしょうか。今から、清田町の熊田珈琲に行きます」

 すぐに返信が来た。

「は、はい。すぐに準備します」


「パグさん、ごめんなさい。ちょっとリアルの用事ができたでし。また、ゆっくり話すでし」

 そして、ログアウト。


 あっさりと「パグパグ」より「私」を選んだなw


 さて、私も支度しなきゃ。


「焦らないでくださいね。私もこれから準備するところですから」

 焦って事故られても困るので、とりあえず焦らないようにメッセージを送っておく。

「はい。大丈夫です」




 そして、熊田珈琲には、案の定私の方が先についた。


 しばらくすると、佐々木さんが店の中に入ってきた。

 パーカーの上からスタジャン。

 ちょっと緩めの部屋着っぽい感じだ。

「急に呼び出して、ごめんなさい」

 私は丁寧に頭を下げた。


 二人でオーダーを入れる。

 佐々木さんはアメリカン。

 私はカフェオレとホットケーキ。


「すみません。私、佐々木さんのことが好きみたいです」

「えっ、ええっ」

 軽く告白。

 佐々木さんは、むちゃくちゃ驚いている。

「佐々木さんはいかがですか?」

「えっ、あっいや、その、好き……です」

 うん。ありがとう。


 私は今とても嬉しい。


「ありがとうございます。だけど、私、佐々木さんにお話しなくてはいけないことがあります。場合によっては、佐々木さんの好意を受けられないかもしれません」

「えっ。ど……ういうことですか?」


「私、あまり素行がよくないんです」

「素行?」

「人から変態って、よく言われます」

「えっ?」

 佐々木さんは真っ赤だ。

 そうだろう、こんな含みを入れれば。


 ダメダメ。

 ちょっと、嫌がらせ入ってる。

 落ち着け。言いたいことはそうじゃない。



「私は無理なんかしてません」

「……」

「変態トークするなって、誰かに言われたわけでもありません」

「え?」

 さっきまで、「パグパグ」に言っていたセリフだ。

「私が佐々木さんの前で、そういう話をするのが、ちょっと嫌になっただけでし」

「えええええっ」

「初めまして。パグパグです。ロレさん」


 今度こそ、佐々木さんの顔が驚きのあまり、変顔になった。


「すみません。まったく気づきませんでした。すごく驚きました」

「それは、こちらのセリフです。さらっと言われて、私がどれだけびっくりしたか」

「そ……そうですね」

「人から変態って言われる女って、どうです?」

「あの時も言ったように、ムードメイキングのためのものじゃないですか。私は、そうやって努力している人のこと、嫌いではありません。むしろ、余計に好きになりました」

「え」

「小笠原さんがパグさんでよかったです。すごく嬉しい」

「え」


 あれ、その返事は想定外。

 え。じゃあ……。


「私のこと……好きだって言ってくれましたよね」

「は、はい……」

「今日から私の彼女ということで。芙美子さん」


 かああああああああ。な、名前呼び!

 ヤバい。何だこの破壊力。


「こ、こちらこそ……。よろしくです」


 一拍置く。

 深呼吸。

 そして、口を開く。


「文哉……さん」


 私以上に、顔を真っ赤にしているのが面白くて、つい、笑った。



 そして、ころねの下ネタ禁止令は、チムマス本人が盛大に禁を破って、なし崩しとなった。

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