第8話

「あー、恥ずかしい……」


 結局、ぐずぐずと泣いているうちに、センター長は、先に帰ってしまった。

 社長が「佐々木に送らせますよって」という言葉で安心して帰ってしまった。


 と、いうことで私は佐々木さんの自家用車である、スズキイグニスの助手席に座って、帰ってくることになった。とは言え、私はエッセで通っているので、センターまでだったのだが。


 ついでにLINEアカウントの交換をして、今度ごはんを食べに行くことにはなった。


 うん。

 佐々木さんは別に悪い人じゃない。

 だから、LINE交換は別にいい。

 センター長と社長の前で、男の人の胸の中で泣いたという事実があまりに恥ずかしかった。


 モニター画面の真ん中で「パグパグ」が笑っている。

 チャット画面には、チムチャ、白チャ、さまざまな会話が飛び交っている。


「ええい! やってやる!」

 フレンドリスト確認。そしてブロック移動して、エアリオ007ブロックでぼーっとしているロレさんを確認するや否や、パーティー招待。

「どうしたでし?」

「リテムパープル行きます」

 割と有無を言わせない。

 まあ、ロレさんは、誘えば大体ついてきてくれる。

 眠くなければ。

 そのままチムチャに呼びかけた。

「リテムパープル四連! トリガーは奢り。行く人!」

「あい」

 とねっぴ~さん。

 そしてもう一人。

「行きたい!」

 とサニー・サンシャインさん。

「さて、行くよ!」


 ポータル起動。


 リテムパープルは、ゲーム内の、いわゆる高難易度クエストだ。

 五体の「絶望」の二つ名付エネミーを連続で倒していくクエスト。


 その分、報酬もいい。


 とは言え、難易度も高い。


 八つ当たりとかじゃなくて。

 とにかく、今は難しいことを考えたくなかった。


 佐々木さんのことも

 チームのことも。


 ただのプレイヤーになりたかった。


 だから、このクエストに来た。


「行くよー」


 カウントダウン終了と同時に、バトルフィールドに飛び出した。



 四周回って、私にレリクは出ず。

 相変わらず、レアドロは渋い。


 だーけーど。

 サニーさん、最後の周回でレリクドロップしたし!

 何で!


 レリクはNGSのレアドロップ武器だ。

 サンクエイムシリーズが登場して、少し人気に陰りは出たものの、サンクエイムが量産しにくい武器ということもあって、まだまだ市場価格はそれなりのもの。


 いやいや。チムマスとして、メンバーにレアドロがあるのは喜ばしいことだ。

 うん。


 メンバーの喜びは、マスターの喜び。


 だけど。


 わ た し は で て な い ん だ よ


「サニーさん、うらやまでし♪ ロレさんにとって、レリクは都市伝説でし」

「変な声出たw」

「おめでーす」

「おめでしー」


「さて、寝る!」

「ロレさんも寝るでし」


 そんな感じで流れ解散。



 寝よう。


 そして、翌朝、出勤直後が偉い目にあった。


「何、佐々木さんゲットしたんだって?」

「胃袋をつかんだって聞いたけど、何したの?」

「いつの間に……」

「どこで会ってたんですか」

「いい子だからねー。ちゃんと捕まえとくんだよ」

「おめでとう」



 うるさいうるさいうるさーーーーーい。



「何で、みんな知ってるの?」

「センター長が一人で帰ってきたからさ。みんなで心配したんだよ。そしたら、佐々木さんが送ってくれることになったからって」


 う……うう。


「ねえねえ、今度いつ会うの?」

「デート、どこ行くの?」


 そうなんだよなあ……。それも問題なんだよなあ……。

 今度の週末……。





 そして、恐怖の週末がやってきた。

 待ち合わせは午前10時。

 お昼ご飯食べて、ちょっと歩いて……という感じかなあ。


 私よりも母さんが大騒ぎして、何か着なれない服をたくさん持ってきた。

 私はとりあえず、その中のスカートだけ拝借して、あとはいつもの恰好の「ちょっと身ぎれい」というレベルに仕立てた。


 ひらひらのワンピースなんか、着ていけるか。


 待ち合わせのコンビニに歩いていくと、そこにはすでにオレンジ色のスズキイグニス。

「こ、こんにちは」

 そして、ユニクロのCMに出てくる感じのさわやかっぽい服を着た佐々木さん。

「きょ、今日はよろしくお願いします」

 何か高校生みたいなあいさつ。


 ごめんね、慣れてなくって。


「今日はどこへ」

 という質問に対して、海の近くのお店の名前が挙がった。

 エビフライで有名なお店だ。

「わかりました」

 エンジンがかかると、車内はコミックソングみたいな音楽に包まれた。

「昇竜拳?」

「あ、すみません。私の趣味でして。ザ・リーサルウェポンズって言ってですね」

「リーサル……うぇぽん」

 まあ、聞いていて楽しい系の歌だ。

 ぶっちゃけ、嫌いではない。


 うん。

 まあ、いいか。


 洒落たイマドキの歌とか流されて、会話が成り立たなくなるより、よほどいい。


「面白い曲ですね。私は好きですよ」

「あ、いや、そのどうもです」


 そして、どうでもいい話をして、エビフライを食べて。

 観光農園を冷やかして、フルーツパフェ食べて、海を見て。ついでに魚の干物と鮮魚を買い込んで。

 最後に地元へ戻ってくる途中で、晩御飯に寄った。

 私の希望でラーメン。


 あまり色気はないけど、甘ったるい雰囲気よりは、そういう豪快なものを一緒に食べるほうがありがたかった。


 佐々木さんは、友達としては文句のない人だった。


 だけど、もう一歩踏み込んで意識するのがつらかった。

 考えると恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ないのだ。


 自分でも、何を小学生みたいな、とは思うのだが、経験値が低いので、そんなこと言われても仕方ないのだ。



 そして、豚骨味噌ラーメンを食べながら、私は気になっていたことを聞いてみた。


「そう言えば、鞄に可愛いマスコットつけてましたよね」

「マスコット?」

「ええ、何かウサギみたいなやつ。蕎野屋さんで置きっぱなしの鞄見てて、ちょっと気になって」

「ああ、リリーパですね。私がやってるゲームのマスコットキャラクターですよ。小笠原さん、ゲームお好きなんですか?」

「ええ、まあ」

「どんなゲームやるんですか?」

「プロセカとかぶつ森とか、そういう感じですかね。ドラクエとか、モンハンとかもやってます」

「そうなんですね。私がやってるのは、ファンタシースペースオンラインって言ってですね。オンラインゲームなんですよ。わかります?」

「あ、友だちがドラクエXやってるので」


 ドラクエXもオンラインゲームの一つ。

 ドラグーンクエストという、昔からあるファンタジーRPGをオンライン化したものだ。


 あえて、PSOをやっていることは黙っておく。


「そうか。今は、PSO2NGSっていうんですけどね。大型アップデート入って。キャラクリがすごくて、面白いんですよ。小笠原さんも始めてみませんか?」

「そ、そうですね」

「そうだ。ちょっと待ってくださいね。もし、始めるんなら、ぜひ一緒に遊びましょう。無料で始められるんで、お金もかからないです。ゲーム機はswitch? それともPS?」

「あ、どっちも持ってます」

「そうか。だったらPSの方がいいかもですね」

 そう言いながら、スマホをタップする。


 そして、LINEでメッセージが送られてきた。


「ship7、ギョーフサーバー」

 え? 7鯖????


 ちなみに、チームちょこころねは、今メッセージに書かれた、ship7で活動している。

 同じ鯖なのか……。


 とは言え、知らないふり知らないふり。


「これは?」

「サーバーが10個あるんですよ。それを越えて遊んだりはできないので、友だち同士は同じサーバーを選ぶようにするんです」

「そうなんですね」


「わかりました。また考えておきます」

「ええ、ぜひ」


 そうして、私たちはラーメン屋を出て、一路帰途へとつく。


 家の近くのコンビニで車を降りる。

 お別れの時間。


「また、一緒にでかけてくれますか?」

「はい。喜んで」

「あ、そうだ。もし、PSO2を始めたら、ぜひチームに入ってください。ちょこころねっていうチームがあるんですよ」


 は?


 はああああああああ?


 え、佐々木さんって、うちのチムメン?

 誰? チャンさん? サニーさん?


「ロレーパっていうキャラで遊んでますので。始めたら迎えに行きますので、連絡くださいね」



 そう言い残して、スズキイグニスで走り去った。



 いや、あなた……。



 ロレさんかよ!


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