第7話

「あれ、これ少なくない?」

 その日の朝、それはそんな言葉から始まった。


 センターで使う肉や魚などは、その当日朝納品されます。

 それを、栄養士と調理員がチェックします。


 ですが、納品された豚肉の量が少ない。

 いや、ちょっとどころではなく少ない。


 納品書に書かれている量と、こちらの認識が十倍くらい違う。


「なぜ?」


 センター長に報告が上がり、センター内が騒然となった。

 すると、事務員の金子さんから報告が。

「発注書に間違いが……。みんなでチェックしたのに……」


 私はそこに駆け寄って、発注書を見る。

 そうだ。これを書き起こしたのは「私」だ。

「え」


 目の前が真っ暗になった気がする。

 身体が震える。


 震える私の身体をセンター長が支えた。


「これから追加手配する。まずは、他のメニューの調理を開始しよう。幸い肉は照り焼きの単品メニューだ。何とかなる」


 みんながセンター長を見る。


 市内の中学校の約5,000食分。

 今から、材料をそろえることが可能なのか。


「心配するな。だが、みんなに手伝ってもらわないと、乗り切れんのもたしかだ。まずは、予定通りとりかかってくれ」

「はい」と、みんなの声。

「小笠原君。これは君だけの責任ではない。金子くんも、私もみんなでチェックした結果だ。まずはしっかりと、今の仕事をやりなさい」

「はい……」


 私はゆるゆると動いた。


「ふーみん、落ち込んでてもダメだよ。がんばろう」

「ふーさん、気にしない。ファイトだよ」


 みんなが励ましてくれる。


 うん。

 そうだ。がんばらなきゃ。

 まずは、納品された食材の記録。

 みんなで手分けして進めなきゃ。


 真っ暗になりそうな気持ちを盛り上げて、手探りで仕事を進めること、一時間。


 朗報がやってきた。


「みんな、来たぞ!」

 ミートショップくらたの名前入りのスチロール箱。


 え、間に合った!


 栄養士の先輩である吉田さんが嬉しそうにバッキングを開けていく。

「ふーさん、記録記録」

「あ、はい!」


 ガラス戸の向こうにセンター長と佐々木さんが見えた。

 佐々木さんが届けてくれたのか。


 いや、今は。

 目の前のことに集中しなきゃ。

 タイムリミットは迫ってくるのだ。

 今は集中。


 そして、時間ギリギリでできあがった給食を載せたトラックは、それぞれの中学校へ向けて走っていった。



「ふう」と一息。


 まずは、センター長に謝らなきゃ。

 そう思って事務室へ。

「失礼します」

 入ってきた私を見て、センター長は口を開いた。

「責任を感じているかね」

「はい」

「さっきも言ったように、君だけの責任ではない。だが、最初に書き起こした君が自分に責任を感じるのは、人として間違ってはいない。だから、この後、私と一緒にくらたの社長さんのところに頭を下げに行こう。信賞必罰は、それでおしまい。いいね」

「はい」

「じゃ、着替えてきて。調理服のまま行くわけにはいかないからね」

 センター長は、そのまま内線電話に手を伸ばす。

 そして、吉田さんに、私がしばらく出かけることを伝えた。



 ミートショップくらたは、国道沿いを一本入った場所にある、大きな建物だった。

 自社工場なんだろう。

 センター長は慣れた感じで、トヨタノアを駐車場に入れた。

 ちなみに、センター長の自家用車だ。

 二人で玄関へと向かうと恰幅のいいおじさんが出迎えてくれた。

「倉田社長、今回はありがとうございました」

 そう言いながら一礼。

 社長さん!

 私は、あわててセンター長に合わせて頭を下げた。

「無事に納品できたんだろう。給食」

「はい。滞りなく」

「そこはすごいよな。小峰さんところは。まあ、うちの孫も毎日小峰さんところの給食食べとるからな。孫のためには、一肌脱がんとな」

 そこで、センター長が、私の背中を叩いた。

「あ、あのすみませんでした。私の発注ミスで、皆さんにご迷惑をおかけしました」

 改めて頭を下げる。

「うちの管理栄養士で、小笠原くんと言います。責任を感じてましてね。きちんと社長に謝りたいと」

「そうか。殊勝な心掛けやな。まあ、これからは、よう気をつけてや」

「は、はい。肝に命じます」

「あと、今回、あんたんとこの肉の調達に走り回ったのは、今後ろにいる男や。そいつに礼を言ってやってくれんか」

 ふと振り返ると佐々木さんが立っていた。

 両手に鞄とサンプルボックスを持って、所在なげに立っていた。

「あ、ありがとうございました」

 私は振り返って、深々と頭を下げる。

「い、いや。私も仕事ですので……。そんな頭下げられても」

「何、言うとる。俺、行きます! 言うて飛び出していったんやないか。メシの好みが合う子がいるいうてたんも、この娘やろ」

「社、社長!」

「え?」

 佐々木さんが顔を真っ赤にしていた。

「な、何で……」

「あ、いや、ちょっと、もっとちゃんと話をしたくて……ですね、いや、小笠原さん困ってるだろうな、と思ったらですね……、いや、その」

「わ、私……」

 涙があふれてきた。

 私、助けてもらったんだ。

 この人は、「私のために」助けてくれたんだ……。


 えっぐ……。


 涙が止まらない。


「あ、いや、泣かなくても、無事に、給食間に合ったんだよね……」


 私は佐々木さんに駆け寄った。

 そして、その胸の中で泣いた。



 思いきり。

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