第5話

「相席お願いしますね」

「はい。いいですよ」

 と、軽く答えた私は固まった。


 目の前に佐々木さん。

「は?」

「あ、こんにちは。失礼しますね」

 佐々木さんはテーブルの向かいに腰かけて、肉そばをオーダーしている。

「偶然ですね」

「えっ、ええ」

 本当に偶然?

 私はちょっと疑問に思う。

 いや、まさか。

「偶然です?」

「もちろんです。えっと……給食センターのお姉さん」

「小笠原と言います」

「小笠原さん。むしろ、お伺いしたいのですが、なぜ、私の通っている店に、よくいるのでしょう?」

「うむむ。私が後をつけているとでも」

「まさか。今も、この間のこころさんでも先にいたじゃないですか。で、私は後をつけているわけではありません。と、いうことで聞いてみたいことがあります」

 佐々木さんは、まるで教師かテレビのコメンテーターみたいに、右手の人差し指を立てて、私に言った。

「何?」

「私は、このあたりでそばのうまい店、で考えると、ここ蕎野屋を選びます。ちなみに、洋食でいうと、どこを選びます?」

「ことこと屋とキッチン大野」

「む」

「喫茶店は」

「ナポリタンが美味しいカフェスイス。あ、シロノワールは捨てがたいので、チェーン店ですが、コメダは行きます」

「私はカレーだったら、COCOROyaかnichiboさんです」

 いきなり、質問から切り替わった。

「あ、COCOROyaさん行きます。nichiboさんってどこですか?」

「nichiboさんはですね、スーパー平和屋さんの斜め向かいでして」

「あ、あの店、まだ行ってない!」

「美味しいですよ。本格派で」

「そうか……、そうだったのか……」

 この会話で、佐々木さんは何か「わかった」ような表情をしている。


「うん。わかりました。小笠原さんと私って、店の好みが似てるんですね。多分、今までも同じ店にいたんじゃないかと。その時は個体認識ができていなかっただけで」


 個体認識……。

 ちょっとアレな表現だが、そうなのかもしれない。


 そんな会話をしていると、お互いにそばがやってきた。

 割りばしを割って、そばをすすり始める。

 私はかき揚げそばなので、ちょっとメニューは違う。

 とは言え。

 好みが近いのはたしかな気がする。


 試してみよう。

「そうかー。そうかもですね。ちなみに中華は蘇州庵がいいと思いますが、いかがです?」

「あー、いいですね。あそこ。上品な味でいい店です。同じ上品系なら桃李蹊。真逆な四川風で南翔亭さん」

 あ、いい感じのリターン。テニスのラリーがうまくつながったみたい。

「南翔亭、好きです。桃李蹊、行ったことないなあ」

「今度、ぜひ行ってみてください。美味いですよ」


 何となく、楽しくおしゃべり、みたいな雰囲気。

 いや、何だこれ。

 私は、自慢ではないが、男性と二人で食事をしたことなんかない。

 ないのだ。

 なのに何だ、この甘酸っぱいみたいな雰囲気は。


 私のそんな気持ちを知らずに、佐々木さんは嬉しそうにごはんの話をしてくる。


 そして携帯の音。

「はい、はいっ」

 携帯を持っていない方の手を、拝むようなジェスチャーで私に向ける。

 申し訳ない、という仕草。


 ばたばたと店の外へと出ていく。


 営業さんだからね。仕方ない。


 取り残された私はそばをすする。

 もう一つ、彼の鞄も取り残されていた。

 ふと見ると、手提げの部分にマスコットがぶら下がっている。


 ど……こかで見たような気がするマスコット。

 黄色い雨合羽を着た生き物のキーチェーンマスコット。


 うさぎのような耳。

 そして熊のぬいぐるみのような身体。

 あれは……リリーパだ。

 昔、セガラッキーくじで出ていたレア物だ……。


 リリーパとは、ファンタシースペースオンラインに登場する種族。「りー!」という鳴き声と、ぬいぐるみみたいな姿が特徴のマスコットだ。



 まさか……。

 まさか……。



 佐々木さんってアークス???

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