第3話

「こんにちはー」

 一通りの仕事が終わり、残菜調査と片付けモードになった給食センターに一人の男性が訪れた。

 ちょうど事務所に移動しようとしていた、私がたまたま出迎えることになってしまった。

「ミートショップくらたの佐々木と言います。センター長の小峰さんにご挨拶を、と思いまして」

 差し出された名刺。

 佐々木文哉。肩書は営業。

 私は普段名刺なんか持ち歩かない。と、いうかそもそも持ってない。

「あ、私、名刺とか持ってない人なんですけど」

 そう言って返そうとする。

「いえいえ。お持ちください。ミートショップくらたの佐々木と覚えておいてください」


 そういうことならもらっておくか。ああ、食材業者さんなのか。

 とは言え、ちょっと珍しいタイプだった。

 大体、みんな地元のおじさん、みたいな人ばかりなのだが、この人、珍しいくらいに若い。

「あ、こちらへどうぞ」

 私はそのまま応接へ通し、センター長を呼びに行く。


 呼びに行くと、意外にも笑顔。

「おお、佐々木君ね。今行くよ。あ、そうだ小笠原さん、お茶淹れてくれないかな。二人分」

「あ、わかりました」


 給湯室でお茶を用意して、応接に向かう。

「失礼します」

 一声かけてドアを開けると、和気あいあいとした笑い声。


 テーブルの上は、分厚いファイルと食材見本の入ったタッパー。


「お待たせしました」

 隙間を見つけて、湯呑を置く。


「ありがとうございます」


 佐々木さんは笑顔でお礼。

 出されたお茶にこうしてお礼を言うなんて珍しい人なんだなあ、とは思った。



 ただ、私は知らなかったのだが、佐々木さんの評判は、センター内でかなり高いものだった。主に、老若問わず、女性スタッフの間で。


 まず、彼は来訪のたびにちょっとしたお菓子をスタッフ向けに持ってくる。

 いや、たいしたものじゃない。

 金額にして2~300円程度のものだ。

 とは言え、こちらに気遣いを示してくれるというのは、とてもうれしいものだ。

 あと、何より若い。

 イケメンか、というと若干語弊はある。

 眼鏡をかけて、ちょっと弱気な優男っぽいルックス。ちょいオタクっぽい雰囲気は、眼鏡だけでなく、この業界内では、まあ当たり前のちょっとふっくら感が手助けしている感じだ。試食や接待がつきものですし。とは言え、がっつり肥満を心配するレベルではない。

 まあ、よくいる普通の男性なのだが、50過ぎのおじさんばかりの職場で、二十代でコミュニケーション強者というだけで、すでにイケメンなのだ。



 うん。ちょっと悲しくなってくる弊社給食センターの現実だねっ!

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