秘密②
見つからない様に隠れながら屋上へやってきた人物を確認する。
(あれは…。倉音さん…?)
屋上へやってきたのはみんなから姫様と呼ばれている倉音姫華さんだった。
なんだか、周りをキョロキョロ確認しているけどどうしたんだろ。
それにいつもの付き添いの人達もいないし。
ここで出ていく訳にもいかず、私は倉音さんに悪いと思いつつもしばらく様子を見ることにした。
いつもとは違い暗い表情をしている。
「ここなら…だれも…いないよね…。」
だれもいないことを確認すると入り口近くのフェンスの方へと歩き出す。
「はぁ…。なんで…こうなんだろ…。」
それからフェンスに手を掛け、下を覗いている。
「消えてしまいたい…。」
なにやら物騒なことが聞こえたような。
(まさかそんなことしないよね…?あの倉音さんだし…。)
常に自信に満ち溢れ明るい彼女だけど、今日はいつもと様子が違い心配になってくる。
さらに身を乗り出す倉音さん。
すると、突然吹いた強い風によりバランスを崩しそうになってしまう。
「あ、危ない!」
さすがにこれ以上は危険だと思い、倉音さんに声をかけながら駆け寄る。
「えっ?お、王子さん!?あっ!」
だけど、急に声をかけたせいで、驚いた倉音さんは手を滑らせてしまう。
私は咄嗟に倉音さんの身体を抱きしめながら引くと、なんとか最悪の事態は免れた。
その後フェンスを背に二人で隣同士に座り込み、
「王子さん…。助けていただき本当にありがとうございます…。」
「ううん。私が急に声をかけちゃったから…。」
「そ、そんな…。王子さんは悪くないですよ…。悪いのは危険なことをした、わたしなんですから…。」
お互いがお互いに自分を責めるとしばらく無言になる。
本当は気になることがたくさんあったが、私から聞くことも出来ず。
かといって、このまま倉音さんを放って去る訳にもいかず。
どうしようかと悩んでいると、倉音さんが話し出す。
「あ、あの…王子さんはいつから屋上に…?」
「えっと、倉音さんがやってくるずっと前から。あそこの物影のところに。」
私は先程まで居た、屋上の入り口近くの物影を指差した。
「そうだったんですね…。ということは独り言も聞こえてました…?」
「うん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、出るに出られなくて。ごめんね…。」
「い、いえ…!いいんです…。ちゃんと確認しなかったわたしがいけないので…。」
そこまで言うとなにか考え、そして申し訳なさそうに私に言う。
「あの…。少し長くなるんですが、もしよかったらわたしの話を聞いてもらってもいいですか…?」
「うん。聞くよ。」
「ありがとうございます…。実はですね…。王子さんに助けていただいたの…。今回で二回目なんです…。」
「え?二回目?」
「はい…。以前にも助けていただいたことが…。」
私が以前に倉音さんを助けた…?
王子モードの時に困っている人を助けたことは度々あったけど。
でも、倉音さんを助けた記憶がない…。
私が少し困っていることを察したのか倉音さんが話してくれる。
「えっと、王子さんが入試の時に助けた子…。覚えていますか…。」
「うん。覚えてる。だけど、助けるのに必死で顔まではわからなくて。」
「そうですよね…。それにその子、後日王子さんを訪ねた時も緊張から終始顔を伏せたままで…。自分の名前すら伝えるのを忘れ…。挙句、お礼を言うとすぐ去っていきましたからね…。わからなくて当然です…。」
たしかにあの時…。
…。
…。
入試が終わり数日が経ったある日のこと、学校から帰る途中背後から声をかけられる。
振り返るとそこには顔を伏せている女の子が立っていた。
私が戸惑っていると彼女が話し出す。
「あ、あの…。天王…夢子さんで…合っていますか…?」
だれだろうと思いつつも、そうですけどと返事をすると彼女は安堵し、顔を伏せたまま話し出す。
「えっと…。わたし…以前、入試の時に…助けていただいた者で…。」
「そ、それで…あの…。ありがとうございました…!」
彼女は私にそう伝えると走り去ってしまうのだった。
…。
…。
思い出してみると倉音さんの言う通りだった。
「あれ?でも、なんで知ってるの…?」
「その時の子が…わたしですから…。」
「えっ!そ、そうだったの!?」
現在、姫と呼ばれている倉音さんと同一人物だったとは夢にも思わず、驚いてしまう。
「はい…。信じられないかもしれないですがそうなんです…。」
「昔のわたしは自分に自信がなく、暗い子でした…。」
「あの後すごく後悔して…。改めてお礼をするために、今度は失敗しないように…。その為にもっと自分に自信が持てるように、もっと明るくなれるようにと努力して…。そして、現在みんなから姫と呼ばれるように…。口調や態度はそのイメージに合わせただけなんですけどね…。」
その話を聞き、私は倉音さんを尊敬していた。
自分を変えるなんて簡単に出来ることじゃない。
現に私も変わりたいと思っているけど、なにもできていない。
それをやり遂げたのだから本当にすごい。
それほどまでに姫と呼ばれ、みんなに慕われている倉音さんはすごい存在なのだから。
でも、それなら…。
どうして今はこんなにも暗い表情をして、そしてあんなことをしていたのだろう。
私はどうしても気になり、倉音さんにその質問をする。
「それは…。その…。」
なにか言いにくい事情があるのか言い淀む倉音さん。
「悩みがあって…。それが王子さんのことでして…。」
「私のこと…?」
「はい…。変わることが出来たわたしは王子さんに改めてお礼を伝えに行こうと考えたんです…。それで、今度はお礼だけじゃなく、なにか恩返しが出来ないかと思って…。」
「でも、完璧で素敵な王子さんに対して、なにも見つけられなくて…。そこから悩んでいくうちにどんどん落ち込んで…。昔の暗い自分に戻っていって…。遂に今日限界を迎えて隠しきれなくなってしまったんです…。」
「それからは一人になるために屋上にやってきて…。あとは先程見ていた通りです…。」
「って、ご、ごめんなさい…!こんな話されても困っちゃいますよね…。忘れてください…。」
そっか。
私のためにこんなに悩ませちゃってたんだ。
それなら。
ちゃんと本当のことを伝えよう。
きっと幻滅されて、嫌われるかもしれないけど。
でも、これ以上迷惑はかけたくないから。
「倉音さんに伝えないといけないことがあるんだ。」
「ずっと誰にも言えないで、秘密にしてたことなんだけど。」
倉音さんに本当の私のことを伝える。
極度の恥ずかしがり屋のこと。
限界を迎えると王子モードになってしまうこと。
普段は恥ずかしがって出来ないことも、出来てしまう様になること。
この変な体質のせいで悩んでいること。
そして、相談出来る友達もいないこと。
だから、本当の私は倉音さんが言うような完璧で素敵な王子なんかじゃないということを。
顔が赤くなりながらも、しっかりと倉音さんを見て。
顔を見て会話するのが苦手な私は上手く伝えられるか心配だったけどそれでも必死に、そして真剣に伝える。
こんな話をして、途中で笑われたりするかもと思っていたけど、倉音さんは最後まで真剣に聞いてくれていた。
「そう…だったんですね…。」
「うん…。信じられないかもだけど…。」
「いえ…。信じます…!だって、すごく真剣に話してくれてましたから…!それに、いつもと王子さんの様子が違うなと思っていたので…。」
初めてこの体質のことを他の人に話せたこと。
そして、ちゃんと信じてもらえたことがすごく嬉しかった。
「信じてくれてありがとう。でも、これでわかったよね。だから、私になにか恩返しができないかなんて悩まないで。倉音さんを助けられたのも王子モードがあっただけなんだから。せっかく変われたのにもったいないよ。」
「そうですね…。これで…。」
それだけ言うと無言になる倉音さん。
幻滅されたかもしれない。
嫌われたかもしれない。
だけど私のせいで倉音さんがこれ以上悩まないで済むのなら。
そう思っていた。
…のだけど。
私の予想は外れていたようで。
「うん!決めました!わたしに王子さんのお手伝いさせてください!」
「……え?」
「恥ずかしがり屋で。そのせいで王子モードになってしまう体質で悩んでいるのなら。恥ずかしがり屋を克服していけばいいんですよ!わたしがそのお手伝いをします!」
「うふふ!これでわたしの悩み解決しました!やっと王子さんに恩返しをしていくことができます!」
「今日は良い日だなぁ!嬉しいなぁ!えへへ!」
どんどん一人で盛り上がっていく倉音さん。
「ち、ちょっと待って!?私の話聞いてた!?」
「え?聞いてましたよ?」
「そ、それなら…」
「いいえ!恩返しはします!」
「な、なんで…。」
「たしかにあの時は王子モードのおかげで助けてくれたのかもしれないですが。今日屋上から落ちそうになったところを助けてくれたのはその王子モードのおかげですか?暗くなっていたわたしの話をずっと聞いていてくれたのは?そのわたしの悩みを解決するためにずっと秘密にしていたことを話してくれていたのは?」
「そ、それは…王子モードじゃない私だけど…。」
「ですよね!わたし思ったんですよ!王子さんはその体質がなくても優しくて素敵な方なんだと!」
「だから!そんなあなたが悩んでいると言うのなら!今度はわたしが助けたいんです!」
「それに…」
ここから倉音さんは私に聞こえない、すごく小さな声でつぶやく。
「全て知ってもあなたのことが好きな気持ちに変わりはないですから。」
「え?今…」
「な、なんでもないです!とにかく王子さんのお手伝いします!これはもう決まったことなーんーでーすー!」
そう言う倉音さんは少し顔が赤かったような気がした。
こうして、申し訳なさから断ろうとしたのだけど、倉音さんが半ば強引に決めると、私の恥ずかしがり屋克服が始まるのだった。
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