第一夜 銀杏色の夢~笑顔をあなたに~

 はらはらと、風をはらんで舞い落ちる、くすんだ黄色の、銀杏いちょうの葉。




 わたくしの髪に落ちた葉を、そっとつまんで、手に取って。




 可愛い君の、黒髪を飾ったこのかんざしを、お守りにもらっていこう、と懐にしまい。




 悲しげに、それでもあなたは微笑まれ。




 どうしてそんな顔をなさるの、と、責める私の頬は濡れ。




 お願いだから笑っておくれ、僕の心に刻みたいから。




 そう言って、変わらず貼り付けた笑顔の奥で、その優しい瞳はますます悲しみに彩られ。




 いつか、この銀杏落ち葉のようにまろやかで、夕日に染まった飴色の簪を、君に贈るから。




 お国のために、行ってきます。




 僕の可愛い人のいる、このお国を守るため。




 だからお願い、笑っておくれ。僕の心に刻んでおくれ。






 なのに、わたくしは最後まで、頬を濡らし、眉をひそめ。




 口をへの字に曲げたまま。




 




 ……そうして、あなたは行ってしまった。




 ……そうして、あなたは逝ってしまった。






 わたくしの心に、形見のように、悲しい笑顔を、刻まれて。






 ああ、どうして。




 わたくしはどうしてかたくなに。




 あんな銀杏の枯れ葉などでなく。




 せめて…………。




 こんな冷たい娘を、国ごと守るとおっしゃった、優しいあなた。




 夕日をはらんだ銀杏の葉。あなたがくださるとおっしゃった、優美なべっ甲のごとき、飴色の吹雪の中で、優しく笑い続けるあなた。




 そのあなたが、守ってくれたこの国だから。




 だから、私も、生き抜いた。




 必死に生きて、生きて、生きて。




 あなたが見たいと望まれた、若く美しい娘の笑顔は、とっくに消えてしまったけれど。




 …………。




 ……ああ、僕の可愛い君。ようやく、見せてくれたね。






「ママ、見て。おばあちゃん、笑ってる。初めて見たよ」


 


「ああ、ほんと。今際いまわきわに、ようやく初恋の方が迎えに来てくれたのかしらね。ああ、ほんとうに、いい笑顔ね」




 










 ………………目覚めた私は、空の小瓶を、そっと握りしめました。


 手を開くと小瓶の中は、蜂蜜のような、淡い夕日のような、透き通った飴色に満たされていました。



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