(14)『異邦人の記録』


(14)【大衆小説】山/蜘蛛/最初の記憶 (938字を/27分で)


 図書館に入れられた最初の書物の話をします。


 誰かの記憶を記し、共通の形に整えて蓄積する。この方法で人々は自らの時間以上の知識を蓄えられる。書の中には睡眠時間も食事時間もない。すでに知っている内容を省略し、必要な部分だけを抽出する。人が六〇年を生きるうちの、最初の十五年は主役となるか大差がないかだ。残りの四五年のうち半分は睡眠と食事に使い、さらに半分を休憩に使う。体に覚えさせる時間や思い悩む時間を引いたら残りは五年分ほどだ。その内容を読みとっていく。


 最初の書物の主は、そんな考えでこの図書館を作ったらしい。この書物は万が一に備えた写本をいくつも用意し、あちこちの分家にも送っている。そのおかげで何百年も昔の情報なのに、埃の匂いがなく、見た目も手触りも新しい。


 最初の一人がどこでこの発想を得たのか。出自には知らない文字による知らない土地が並んでいる。どこか別世界の住民と言われた風貌も相まって、本当に別世界から来たようにも思えた。この説を裏付ける根拠は山蜘蛛だ。書物の中では、どこかの山で巨大な蜘蛛と争っている。しかし実際には、どこの山にもそんな蜘蛛は発見されていない。絶滅したと考えてもいいが、積極的に絶滅させる理由は見当たらず、そう簡単に淘汰される生態でもない。突拍子のなさを比べるなら別世界説もどっこいどっこいだ。


 この書物にある内容を、異世界人と名乗る旅人に見せた。初めは彼も訝しみ顔をしていたが、読み進めるほどに真剣な表情になっていった。特に彼は、謎の文字をじっと見つめていた。目の動きを追うと、左から右へ、少し下げて一気に左へ戻す。順番に読んでいるものと見える。


「やはり、読めるのですか」

「そうだね。もう懐かしい、故郷の文字だ。それにこの内容、まさかと思うが、著者の名前は?」

「ファース、と呼ばれていました。発音が少し違うそうですが、こう伝わっています」

「やっぱり。あいつは今どこに?」

「何百年も昔ですよ。もう生きていないかと」

「死んだところを誰も見てないな」

「それは確かに、どこかへ去ったと伝わるのみですが。まさか、あなたは」

「探しにきた。遥々ね。ここでの一年は、僕らにはだいぶ短いようだから、あいつもきっと生きてる」



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