(15)『長命者が舌を巻く新世代』


(15)【王道ファンタジー】暁/地平線/増える高校 (3245字を/106分で)


 魔法学校が建てられ、地域の文化レベルが改善すると誰もの期待を受けていながら、衰退を続ける地域。各地を渡り歩いたワタシにとっては興味深い例だ。他のどの地域でも魔法学校が持つ力は繁栄に使われていた。どんな形の繁栄かは千差万別でも、真逆の結果が起こったなら、どこかに特殊な理由がある。情報を得る最善の手は現地に行くこと。そのためには現地を知ること。排外的と言われているが、他所者への扱いが全く知られていない。他の情報を集める傍でアルバイトくんを送り込んだが、彼は帰ってこなかった。持ち逃げをする器じゃないし、彼の利益にもならない。他所者が情報を持ち帰れない理由がわかってしまった。血生臭い手は使いたくなかったが、研究のためだ。


 ワタシは姿を赤子に変えて、そこそこの産屋で寝ている子とすり替わった。地位の向上に熱心な集落だ。素質を少しずつ見せた上で魔法学校に行きたいと言えば大手を振って送り出すだろう。ヘルスクールと悪名高くても、外を知らなければ唯一の場所だ。適した時期が来るまでの十数年を現地の少女ラムスとして過ごした。その甲斐あって入学式では主席として挨拶をしている。自ら稽古をつけて共に入学した友達の口からもラムスの評判を広めている。ラムスは正直な子で、あちこちを観察するのが好きだ。流布した評判で先入観を植え付けておけば、大抵の疑問を前情報に合わせて都合よく解釈する。ラムスは毎日、見えるもの全てを観察していく。どんな理由があったら魔法学校が衰退に繋がるのか。


 建物の建築様式に違和感はない。地域ごとに特色が出る形で、ここの場合はハノイの塔型に上層ほど狭くなる。他の建物より常識的に落ち着いた建築をしている。新たな自宅を含む民家はよく、柱で高さを増す建築があった。水害の対策と予想はつくが、それでも下が細い建築は違和感がある。この地に生まれたからにはそれが当たり前として気にも留めない必要があった。積み木遊びで家の形を作り、何度やっても崩れると見てようやく疑問を出す。図書館を教わるまではずっと、違和感を得るための実地を繰り返していた。


 魔法学校の図書館の蔵書を読み漁る。特に設立当初について記述を探す。ヘルスクールと呼ばれる理由は見つからない。そんな呼び方になるぐらいだから、きっとデビルが関わると予想していた。奴らに情報を破壊するだけの知恵はない。それなのに情報がないなら別の理由を探すしかない。貸し出し中の本が戻るまで何度も通い詰めていた。朝昼夕の三度、毎日だ。


「失礼、あなた。ラムスさんではなくて?」

「そうです。ご用事が?」

「本を返しにね。きっとあなたが探していると思ったから声をかけたの。私はウキュウ、今年までだけど仲良くしたい」

「最上級生が。光栄ですわ」


 仲良く、の言葉通り、たまに会食をしたり、魔法談義に花を咲かせたりと話題は尽きなかった。ウキュウはすでに外でも通用する実力者で、ワタシが持つ知識のうちラムスが知らないはずの内容をどうにか気付けるよう配置していく。いつかは気づくだろうが一年以内でなければ構わないし、仮に気づかれても秘密を共有して仲良くやれそうな気がしていた。ラムスと関わり始めてからウキュウはますます研ぎ澄まされていった。一方のラムスは、何の情報も得られないままだ。歴史ではない部分に理由があるのか。半年をかけて読み続けた文献に見切りをつけて、別の可能性に移る。


 設備に込められた魔法を解読する。文献以上に時間がかかる上にもし見咎められれば面倒なことになる。不相応な知識を持った村娘がいるはずもない。ラムスの正体を精査されるのは不愉快だが、ばれなければ大丈夫だ。ばれるにしても、ウキュウならどうか。彼女の知識欲なら、きっと。


「って感じのことを考えてるでしょう」


 真夜中の、ことを始める直前にウキュウが話しかけてきた。すでに知られているなら話が早い。でも、どこで。精神干渉の痕跡はなかった。戸惑うラムスの、いやワタシの前に足を進めて、手近な段差を椅子にした。目と目を合わせて、表情筋にごく小さな力を込める。ワタシはその顔に何故だか強く惹かれている。


「最初は単に聡い子と思ったけどさ。なんだか違うんだよね。動き方がぜんぜん村娘じゃない。せっかく入学したのに授業も無視して読書ばっかり、しかも内容も偏ってる。調べに来た人でしょ。姿を変える術を私も見つけたから、ピンときちゃった」

「御託はいいよ。私に言いに来るあたり、考えがあるのでしょう」

「もちろん。協力させてよ。足りない分があったら教えてくれればきっとなんだって覚える」


 願ってもない申し出だった。ここまでの付き合いで腕は把握している。有能な目が増えれば解読も早いし、隠れ場所はどれだけ多くてもいい。それ以上に、ワタシがウキュウに惹かれている。


「先に教えて。なぜ私に気づいた?」

「そりゃもちろん、見てたからだよ。すごい子が入ってきたと聞いて念のため見てみたら、予想した以上の逸材で、近づくためにあの本を借りておいたのよ。話してみたらますます驚きが続いて、いつのまにか好きになっちゃった。それからずっと見ていたから気づいた。納得いただけたかしら」

「深く。これで恋慕の対象になるとはね。言おうか。本当に知りたいのは、この建物の謎だ。繁栄するはずの魔法学校が衰退を及んでいる。まったく不可解な話だよ。外ではヘルスクールと呼ばれてるほどにね。さて、何かご存知かな」


 ウキュウはこの話自体は知らなかったようだが、すぐに心当たりを提示した。尻の下を指した。この学校には固定されたベンチが多くの部屋にある。屋上にもある。中に管でも通しているか非常用の備蓄があると思っていた。


「これ、天井を通すはずの管。どういうわけかこの建物は、上下を逆に建てられちゃったみたいで、その影響がありそうよね。上下が関わる魔法って多いし」


 下が広くて、上に行くほど狭くなる建物だ。なのにこれで上下が逆になっている。突拍子もない話だが、似た例を思い出した。ラムスが幼い頃から何度も見ていたじゃないか。この地域の一般家庭は下が小さく上が大きい。その理由が水害やその他ではなく、文化だとしたら。魔法学校は現地の文化で建てられる。下が狭く上が広い建築になるはずが、なんらかの理由で逆になってしまったら。


 ワタシは笑った。今の自分がラムスであるとも忘れて笑った。起こらなかっただけで、もし起これば当然にそうなる。他のどの理由より正しそうだ。積極的に否定する理由が見つからない今、もう解決としてこの場を離れてもいいが、留まる理由がちょうどひとつ増やされていた。恋慕の駆け引きについてはウキュウの方が何枚も上手らしい。ヘルスクールを反転させるのは、来年、ウキュウと共に去るときにしよう。大きな力が必要とはいえ、二人で分ければ大したことではない。これでこの地の衰退も止まり、ワタシは隠れ家での永い刻に戻る。その前に、ウキュウとひとときを共にする。悪くない成果だ。


「さっそくご満足いただけたところで、ラムス。本当の名前を聞いてもいいかな」

「名前、私には名前がないよ。あったかもしれないけど、忘れちゃった。必要にならないから、ワタシをそのまま名前にしてる。よければ、つけてよ。こうもあっさり完敗するなんて初めてだから、せっかくだから他の初めてもあげちゃおう」

「本心を出したら大胆になるのね。どうしようかな」


 ウキュウは目線を遠くへ、何気なく地平線を眺める。真夜中だったはずが、空が赤く照らされている。


「暁。そうだ、あなたの本当の名前をアカツキにしましょう。この地の衰退を止めて、私の、いややっぱりなんでもない」

「気になるね。知りたいことが増えてしまった」


 二人の笑い声は続く。ヘルスクールを反転させ、フエルスクールにしたあとは、きっと各地で似たような声が増えていく。


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