(13)『有履九郎ミュージアム序文』


(13)【時代小説】野菜/メリーゴーランド/悪の可能性 (887字を/27分で)


 墾田永年私財法により野菜が育てたぶんだけ採り放題だと浮かれている農民を尻目に、手に入れた土地にメリーゴーランドを建築せんとする男がいた。彼の名は有履九郎(ゆうぐつ・くろう)。七二三年生、七七四年没の、歴史に残らなかった偉人だ。彼の痕跡はどの資料にも残っておらず、相応の理由があると踏んで調査団を結成し、各地に残る痕跡を探している。


 有履九郎の生まれは現代の地名で言う三重県か奈良県のあたりと言われている。当時は日本の中心だった京都府に近く、二度目の没落までは高い文明レベルを誇っていた。有履九郎もその恩恵を受けて、幼少期より数々の発明品を世に送り出してきた。有名どころでは、古代の地層から出土しなお動作したゲーム機も有履九郎の設計と地元民の間で語り継がれている。日々を彩るアイテムが中心だったが、いつの世も技術は軍事転用を求められる。操作端末の設計をそのまま流用して戦車や戦闘機の操縦桿としたり、情報を人間が読み取りやすい形で表示する技術(専門用語ではグラフィカルユーザーインターフェースと呼ばれる)は弾薬や食料の管理と最新状況の把握に使われた。織田信長や武田信玄もこれらの習熟で戦局を把握していた。


 有履九郎は死の間際まで軍事転用に反対していた。評判に傷がつくからだ。メリーゴーランドのような、同じ場所の堂々巡りを空虚なひとときから楽しいひとときに変える技術こそ有履九郎が追い求めたものだ。能わぬまま世を去り、現代でもなし得ていない。それでも有履九郎の意志を継ぐものが現れ、昼夜を問わずトライアルアンドエラーを繰り返している。


 前置きが長くなったが、有履九郎には悪だった可能性がある。民にお楽しみを与えて無知蒙昧にさせ、支配下に置く。抵抗勢力は弱いほど制圧しやすい。口で何を言おうと、勝つのは手を動かした者だけだ。敗者は負け惜しみを言うしか能がなく、やがては負け惜しみすらも言えなくなる。賢そうな隷従に甘んじるか、戦場で物言わぬ屍になるか。有履九郎をこちらの路線で考えた学派もまた有履九郎の意志を継ぎ、昼夜を問わずトライアルアンドエラーを繰り返している。



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