(9)『宝探し』


(9)【ミステリー】音/破壊/先例のないかけら (1091字を/47分で)


 カチッ、カチッ。


 壁だったかけらを拾い、鳴らしながら歩く。懐中電灯はただの短い棒になった。暗闇で壁や段差を探すには音の反射を使うしかない。エコーロケーション。コウモリが暗闇を飛ぶほどの俊敏さは持たずとも、一人で廃屋から出る程度なら。


 ケンタが入り込んだこの場所は第二のの原爆ドームと呼ばれている。名前こそ大それているが実態は、地上げ屋がデモで見せる屋敷だ。区画まるごとを破壊しての周知は成功していたが、別件で組織ごと潰れて、残ったのはごろつきが雨風をどうにか凌ぐ廃墟だけになった。


 この屋敷は風通しがよく、おかげでカビの臭いがない。一階は植物と虫に支配されているが、上階は快適とさえ思える。反面、冬場は話にならない。剥き出しのコンクリートが体温を奪い続け、風が吹きつけ、時には雨や雪が入り込む。おかげでケンタはこうして安全に探索ができている。


 カチッ、カチッ。


 反響する音が変わった。柱、いや、誰かが立っている? まだ二階なので意思を持って入ってきている。その割には、ケンタが鳴らす音への反応をしない。聾者とも思えない。ごろつきを避けられやしないし、暗闇の中でここまで来る理由もない。車やバイクで一時間はかかる。


「そこにいるのは誰だ」


 ケンタは呼びかける。かけらを鳴らす間隔を狭めた。誰かは動かない。もしかしたら誰かではなく柱か? 音の響き方が柔らかいので人だと思ったが、この屋敷には調度品の残骸が残っている。柱にタペストリーでもかけていたらこの音になるかもしれない。左右に動きながら音を聞き比べる。初めに見たような四角形ではない。


 カチッ、カチッ。カチッ、カチッ。


 返事はないが動きもない。恐れ続けても仕方がない。ケンタは傍を通り、降り階段へ向かう。歩いた感覚ではこのあたりに、と思った場所になかったので、音で探していく。扉がなくなっているのでドアノブの見落としもない。


 カチッ、カチッ。


 おかしい、見つからない。ケンタの頭をよぎったのはくだらない噂話だ。「見た目は廃墟のままからくり屋敷として改修され、盗掘しにきた者を閉じ込めてしまう」誰に利があるとも思えなかったのでガセネタだと決め込んでいたし、今でもそう思っている。恐怖心が記憶を引きずり出しているだけだ。それに、何かが動く音は一度もなかった。


 カチッ、カチッ。


 ケンタは出口を探す。月や星も見えない、曇天の日を選んだ。窓から飛び降りるには瓦礫を避ける方法がない。ハズレだらけのくじは引きたくない。そのまま階段を探しつづける


 カチッ、カチッ。


 カチッ、カチッ。


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