(6)『キックマシーン』


(6)【童話】天使/オアシス/最速の剣 (1748字を/36分で)


 天使は世の悪を切り捨てています。泥棒がいたら剣を一振りで首を落とし、虐待親がいたら首を落とし。どの町にも一人の天使が配備され、悪は天使の目が届かない地下でひっそりと息を潜めています。


 天使が判断する善悪はひとつ上の存在から伝えられます。多くの天使たちは何も考えず言われるがままに動きますが、時々、自らの考えを持つ天使が現れます。理由は様々で、シンテの場合はひとつの事件の顛末を目にしてからでした。


 シンテはいつも通り、首を落として回っていました。集団での略奪を繰り返すグループがいたのです。一人一人は造作もなく死んでいきますが、数が多く、バラバラの方向に逃げていきます。猪口才な時間稼ぎに舌打ちをしながら、ひとつずつ首と胴体を切り離していきます。通常ならば数人を切った時点で刃が使い物にならなくなりますが、天使の剣技は汚れすらも置いてけぼりにする世界最速の技です。音を上回る速度で振るうと衝撃波が発生し、直接の接触がなくとも切断が可能になり、掃除の手間を節約しています。


 追いかけた先でシンテが見たのは、逃げた子供の一人が盗んだ食べ物の多くを虐待親にぶん取られる光景です。子供はろくな食事も与えられず痩せ細っています。小さな体では親の脚を軽く叩くのが精一杯で、一方の親からの攻撃は、握り拳が頭を狙い、蹴り上げた爪先が鳩尾にめり込みます。しかも親は父親と母親、二人がかりで一人の小さな子供を吹き飛ばします。数的不利も相まって、子供はあっけなく地面に倒れ伏しました。シンテが剣を振るまでもなかったのです。


 シンテは疑問に思いました。子供はもしかしたら、悪による暴虐の被害者だったかもしれない。そうならばシンテの行動は悪に加担したことになります。疑問を投げ捨てて盲従するのは簡単です。しかしシンテは、正義を貫くよう命じられてもいます。正義とは何かを判断しなければなりません。そのためには、今の苦しみを直視して、ひとつずつ乗り越えるのが唯一の方法です。


 シンテは情報を探すため、身を隠して人々の会話を盗み聞きします。あまりよ褒められた行動ではなくとも、正義のためです。先日の子供たちと似た背格好や服装のグループが、真っ当に買い物をしたがっています。ところがお店の人たちは、揃って拒否を繰り返します。青果店も、八百屋も、雑穀屋も。汚い子供たちに食べ物を売らず、追い払います。


 売買においては両者の合意が必要です。売りたい人と買いたい人が、提示した内容に合意して初めて売買が成り立ちます。もし売る側が全てを決めるなら、土を拾っては売りつけ、土を拾っては売りつけを繰り返すだけで、お金をすべて奪ってしまえます。逆に買う人が全てを決めるなら、お金を積んで財産を奪ってしまえます。もちろん、渡したばかりのお金を盗むのを繰り返せば元手が少なくとも実行できます。そんな横暴を防ぐために、売買においては合意が必要なのです。


 それが今回は裏目に出ました。売りたくないと言い続けたために子供たちは食べ物を手に入れられず、盗む以外の手段を封じられていきます。生き残るために盗むしかない状況まで追い込まれたから盗み、そこをシンテが首を落としていました。人間が人間を殺したのでは悪としてシンテが首を落としていましたが、供給を絶つのでは人間は手を下していません。


 シンテは悩みます。これまで考えたこともなかった状況です。自らを口減らし殺戮マシーンとして利用される状況は正義とは言いがたく、しかし無理矢理に売らせるのもまた正義とは言い難い。難しい問題だと言うだけで思考を投げ出すのは簡単です。しかしシンテは答えを出す必要があります。悪でなくなる唯一の方法が決断だからです。


 シンテは決断の重さに耐えられず、オアシスを開業しました。誰もに開かれた場を作り、子供たちを保護しています。逃げの一手とはいえ、そのおかげで助かる人間がいます。運営には手間もたくさん必要です。そのおかげで、シンテが決断を先延ばしにし続ける口実にもなりました。やがて破綻が見えてきた頃、シンテは再び決断を求められます。それまでに情報を集められるか、そして悪しき人間がオアシスを利用する方法を思いつくか、それはまた別のお話。


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