(5)『実行する』
(5)【ミステリー】夕陽/タライ/過酷な大学 (1192字を/45分で)
今日の天気はタライだ。オワラは朝食のサンドイッチを頬張りながら押入れに手を伸ばす。この頃は天気が落ち着いていたのでヘルメットが奥に押し込まれてしまった。右手で荷物を掴んでは放り出し、左手と口の中が空になるころにようやく目当てのヘルメットが出てきた。頭上にアラビア数字で六〇と掲げる、ロックバンド『ファイブスターズ』の限定モデルだ。
アパートを出ると真っ先に頭上からタライが出迎えた。派手な音を立てるが軽いアルミ製なので見た目ほどの強さはない。それでも何度も受ければ積もり積もって問題が起こるので、ヘルメットが推奨されている。
タライの発生源は大学の気象学部だ。インターネットマフィアじみた活動の一環として、大量に作ったコピー品のタライをあちこちに放っている。残り体力次第で得られう経験に差があり、とくに体が危険信号を発している時にのみ得られる極上の技がある、とは学長の言葉だ。タライを降らせて調整できるようにしている。
オワラはお笑い学部でユーモアのセンスを磨いている。幼少期に生真面と言われ続けたので、ここにユーモアも身につけたら最強になると考えた。なおかつ、タライと戦う過程で肉体の頑健さも得られる。過酷な日々だが、相応の経験を楽しんでいる。考古学部は床下に隠れてタライを避けるのが人気で、科学部は鉄壁のパリア術を確立している。オワラとは別の方法でタライと向き合っている。広い視野も大学のおかげで身につけた。
「オワラ、あぶない!」
タライに混ざって隕石が降ってきた。間一髪でひとつは避けたが、見上げるとまだ二九個も迫っている。こんなことをしでかすのは十中八九、天文学部の奴らだ。おおかた新技術を試していたのだろうが、巻き込まれてはたまらない。迫り来る危機に脳が昂り、時が止まったように思考が回る。体の動きが追いつかないが、心構えができるだけでも衝撃に耐えやすくなる。
四個がオワラに当たった。一発ずつは大したことはないが、連続で受ければ堪える。文句を言いに行きたいが、先に出席するべき講義が待っている。オワラはお笑い学部の教室へ向かった。夕陽が直撃するまでお笑いの練習に励む。
ショートコント『隠しコマンド』
左・左・右・左・右・左・右・右。ロックバンド『ファイブスターズ』の公演から着想を得た芸だ。裏技といえばゲームを簡単にすると思われがちだが、その逆で難しくなってしまう。オワラは二人組のユニットなので、片方が敵対役としてわかりやすい強さを見せる。道具に頼るのは忍びないので、筋肉を鍛えて、サイドチェストによって服を弾け飛ばすパフォーマンスを提案した。なよっとした印象を一気に覆す案だ。トレーニングを続けた後でも髪型や姿勢で印象を弱そうにできる。たかがネタひとつのために長い時間と手間をかけて筋トレをする、オワラは今でも生真面目と言われている。
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