(2)『お料理下手』
(2)【指定なし】春/アルバム/暗黒の枝 (1159字を/40分で)
春は別れの季節だ。四年間を共にしたグループでソプラノの家に集まり、思い出語りをする。ワンルームの仮住まいだが丁寧に整えられて、狭さは感じない。段ボール箱に詰め込んだ後だから、と本人は言うが、目につく段ボールは量も大きさも控えめで、その場の全員が変わらず褒め続ける。ソプラノは最も几帳面で、同い年でありながら皆のお姉さんだ。スマホで撮った写真を印刷し、アルバムに日付順に並べて、一行ずつのコメントもつけている。大きなイベントではたっぷり四ページを使い、各人の特集記事としている。その熱心さのおかげもあり、どの出来事も昨日と同然に思い出せる。
「この写真、私がテノルに告ったときの?」
「おい、それやめろって」
「今頃になって照れるなよ、もう全員知ってるのにさ」
この写真はテノルのハーゲンダッツ五個と引き換えにバリトが撮ったものだ。暗い時間帯の草むらで、近くの建物から漏れる明かりを背にしたら、色合いが似たコートだけでも気づかれなかった。水面が輝く手前で向かい合う男女。子供の頃にテレビで見たような絵を収めている。写真をまとめたソプラノの手元にもある通り、二人の中はすぐに祝福された。初めは顔を赤くしていた両者が、今ではすっかり忘れて目の前のパートナーと共に歩んでいる。
読み進めるうちに、謎の写真が出てきた。『暗黒の枝』と題した写真がぽつりと置かれている。枝と題しているが分かれ方が自然にあるものとは違う。突然三つに分かれて、しかもその次では四つに分かれる。本物の枝ならば分枝の数がフィボナッチ数列になる。その一点だけで暗黒の枝が人工的な存在と断定するに十分だ。こんな時に限ってソプラノがトイレに離席していて、すぐには確認できない。三人は暗黒の枝の正体を話しあっていた。
「二月で、色もチョコっぽいから、バレンタインじゃない?」
「確かに小枝っぽい。だけど、一本で太すぎるよなあ。うまか棒みたいではあるけど」
「手前のまな板、こんな明るい色じゃなかっただろ。光の当て方だと思うけど、それでこの色ならきっとすごい黒いチョコだよ」
「言われてみれば確かに。チョコって普通、もう少し明るいよね」
「本当に拾ってきただけのいい枝だったり? バリトもやったことあるだろ」
「あるけどさ。あのソプラノがしかもこのアルバムに入れるかっつーと、かなり変な気がする。」
あれやこれやと話を進めても、暗黒の枝の正体はさっぱり見えてこない。予想できる内容ではない。水を流す音が聞こえた。手を洗う音に続き、ソプラノが戻った。アルバムを向けて、暗黒の枝の正体を訊ねる。答えは拍子抜けするほど単純だった。
「バレンタインに配ったチョコの中身。大枝って言おうと思ったんだけど、なぜだか見た目が変だから、砕いてトリュフにしたんだ」
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