第二話:としうえ

「それで、天音、申し開きはあるの?」


「全く無いです……」


 私は不用意な行動を咎められています。やはりその辺においてあるスイッチをいじってはいけないというのには人類が積み重ねてきた理由というものがあるのでしょう。私の行動は軽率でした、反省しています……反省してはいるのですが……


「フムフム……スゴーイ! へー……」


 私のまわりでキョロキョロしている美少女に気が散ってしょうがありません、私は彼女のために叱られているというのに当の本人はどこ吹く風です、なんで証拠の理不尽は!


 夏凜ちゃんは当然の疑問を私に向けます。


「で、この鬱陶しい子が出てきたと」


「そうです……」


 夏凜ちゃんが思案しているようだ。そりゃあそうですね、突然の美少女登場とか古代遺跡の漫画でくらいしか見ないもんね。


 しかしその目は私への『やらかしたわね』という意図が露骨に見て取れるものだ。人に無闇にそう言う視線を投げてはならないとコミュニティで習わなかったのでしょうか?


 それをいったら私も古代遺跡の備品にはできるだけ無闇に触らないというのを無視しているのだけれど……


「これ!」


「なにかな? 封筒? やけに新しく見えるけど……」


「なになに! 手がかり?」


 私たちは少女の持っていた大きめのサイズの封筒を開けました、そこにはおよそこんな事が書かれていました。


『この子の名前はかがり雲雀ひばり、コールドスリープ時十五歳です。この手紙を見ているころには両親である私たちはいないのでしょう。

 この子は生まれつきの病気で二十歳まで生きられないといわれていました。それを医学が発展するまでコールドスリープさせることで生きながらえさせるという決断を両親である私たちが決めました。この手紙を読んでいる先生が何世代後の方かは存じ上げませんがこの子のことをどうかお願いします。』


 要するに『病気が治るまで時間稼ぎするよ! 余生? 未来の人たちにおまかせで!』という意図だろう。その封筒には開発中の治療法があと五十年を目処に実用化しそうであると書かれた医者の書簡も入っていました。どうやらお医者さんも未来へ丸投げ案に賛同してしまったようです。


「ねえ天音、これはもしかしなくても面倒な事じゃないかしら?」


「デスヨネーははは」


「笑えないんだけど……」


 私は目の前でキョロキョロしている美少女……もとい雲雀ちゃんを見ながら頭を抱える。こんなものどうしろっていうんですか! 可愛いってだけで生きていける時代は遙か昔に過ぎ去ってるんですよ! だというのに無駄に可愛いのがムカつく、しなやかな黒髪にくりっとして暗黒色の目、たぶん日光に当たらなかったからだろう真っ白な肌、まだ医療に余裕があったころの人特有の健康的に見える体! 羨ましいんですよまったく!


「雲雀ちゃんも何とか言ってよ! 私が起こしてあげたんだよ?」


「私は起きる時には偉い先生が病気を治してくれているって聞いたよ? 天音は偉い先生じゃないの?」


 どこをどう見ればそう見えるんでしょうか? 私にオーラってやつですかね? しかし私はまったく偉くもないし先生でもないのです。治療までは上手くいったのでしょう、そこまでで放り出さずきちんと余生の面倒も見てあげなさいよ過去の人!


「夏凜先生、どうすれば良いですか?」


「夏凜ちゃんが先生だったんだ!」


「早速信じてるじゃない! 嘘を吹き込むのはやめなさい! 話がややこしくなる!」


「夏凜ちゃんも先生じゃない……?」


 はあと夏凜ちゃんは大きな大きなため息をついてから質問に答えてくれました、さすが相棒!


「いいかな、雲雀ちゃん? 落ち着いて聞いてね?」


「なあに? 大事なこと?」


「ええ、とっても大事なこと……人類の九十九パーセントは死んだわ」


「え?」


「だから今は人間はほとんど滅んでるの」


「ええええええええ!?!? だって私が起きているころはたくさん人がいたよ! なんで! なんでなんで!?」


 それから夏凜ちゃんは人類が隕石由来のウイルスで大半が死に絶え、残りの人類が少ないリソースを奪い合って更に数を減らしたことを伝えました。現在では人間はその辺の道で出てくる狸より貴重な存在なのです。それを黙って聞いている雲雀ちゃんの心境は想像もつかないほどに重いのでしょう。


「うーん……まあカプセルに入れられたときに『出るときには今いる人たちはみんないないからね』って言われたしそんなものなのかなあ?」


「あなた、ものすごく軽く言ってるけど何年寝てたの?」


「ちょっと待ってね……確かここに稼働時間が……あった!」


 夏凜ちゃんも少しイライラしつつ答えを聞く。


「総稼働時間五百年だね!」


 まさかの五百歳超え! しかしコールドスリープしていたと言うだけあって見た目だけは私たちと変わりが無い……こんな年寄りがいていいのだろうか?


「ちなみに五百年寝てて普通に今歩いてたのはどうやったの? 普通一月も寝ればまともに歩けないと思うんだけど」


「そこはまあ、当時の皆の頑張りのおかげかな! ちなみに代金は私が死んだら保険会社から病院に払われるって言ってたよ!」


 どこへの扉だ! というかその理屈で行けば五百年も面倒をよく見たな! 私なら適当な理由つけて失敗にしてるっての!


 雲雀ちゃんから五百年の歳月がまるで感じられないのでどうにも人生の大先輩とは思えない、大半の時間を寝て過ごしたのだから当然ではあるのだけれど。


「とりあえず二人ともキャンプに戻らない? ここで言い争っててもしょうがないでしょ」


「それもそうね、ここで通じない押し問答をするよりは建設的ね」


「キャンプ? 二人ともこの辺でキャンプしてるの?」


 ああ、この子、キャンプをレジャーの一つだと考えてるな。私たちがやっているのはベースキャンプだというのに、昔はキャンプを趣味にしている人もいたらしいけど今は違うんだって。でもそれを五百五十五歳の美少女に言ってもキリがないか!


「帰るわよ、私は物資を積んで帰るから、雲雀は天音に乗せてもらいなさい」


「二人とも、自動車を運転できるの?」


 そう言えば以前は交通安全のために運転免許があったんでした、完膚なきまでに形骸化した制度なので記憶の片隅にすらその制度が用をなしたことはないんだよね。


「バイクよ、その格好で乗せるのは不安だけど四の五の言ってられないからね」


「バイク! 初めて乗るよ!」


「夏凜ちゃん、大丈夫だと思う?」


 私はとっても不安です。初めてバイクに乗る上でこの入院着はあまりにもリスキーです、コケたら一発で挽き肉でしょう。


「大丈夫! 転んだときに危ないのは私が危なくないように前を走るから」


「夏凜ちゃん! 発想がゲスいよ!?」


 自分が良いならそれでいいのか? とはいえここで雲雀ちゃんをおいていくという選択肢もとれたのにそれを外して考えているので根は優しいのでしょうけど。もうちょっと私にもその優しさをわけてほしいものです。


「じゃあキャンプへの帰還ね、天音はどの位集めたの?」


「このバッグがスカスカなのを見て察して欲しいな……」


 私のバッグにはロクにものが入っていない。消毒液くらいは手に入ったけれど、注射針のような汚染の可能性があって危険なものは避けておいたのだけれど、そうしたらろくに回収対象が見つからなかった、代わりに雲雀が見つかってくれたわけだが。


「じゃあそのバッグは私が持つわ、二人でちゃんと私の後をついて来てね」


「分かったよ……」


「やった! 初めてのバイクだ!」


 この子を連れて歩くのは危険でしかないと思うのだが、この時代に出会えた貴重な生存者だ、無下にするのも気の毒だし、人数は多い方が良いのでしょう。


 こうして私と夏凜ちゃん、そして新しい仲間の三人でキャンプ地へと帰る事になりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る