五百歳(美少女)
スカイレイク
第一話:びょういん
「
「分かってるって、私も初心者じゃないんだよ!」
夏凜も心配性だなあ……私がそんな初歩的なミスをすると思っているのかな? 私はそんなケアレスミスなんてほとんどしてないでしょうに。
「しっかし、見事に廃墟だねえ」
かつて病院だった建物は、人間を救うための施設だったはずが、今では死の象徴のようになっている。歩くとパリパリと足元でガラスが割れていく。病院探索のセオリーとして注射器等やメス等の刃物には気をつける、そのくらいの基本は知っている。
私は夏凜と別れて東棟の探索に入る。残念ながら電源がないのでエレベーターなどという文明の利器は使えない。昔は非常用の電源が生きていたらしいですが、そんなものが何年も持つはずはない、非常用というのは日常使いするものではないという意味だ。
幸い廃棄されたときに扉の鍵を閉めるような暇人もいなかったのか、ドアに鍵がかかっているようなことはない。さすがに食料があるとは思っていないが、消毒液など医療物資くらいは上手くすれば手に入るかも知れない。人類はそんなものを廃棄するほどの暇も無く減っていった。消毒液で病原体を消毒しようと考えた人もいたらしいが、死体を消毒するほどバカではない人がほとんどだったので消毒液はそれなりに残っていた。用はそれだけ早くあの病原体は人を犯し死に至らしめるものだった。
おかげさまと言ってはなんだけれど、現実的に消毒が意味を持つ時間が少ないせいで私たち『後の世代』は昔の人たちのリソースを使用して生活することが出来た。
「いただいていきますよー?」
誰もいないと分かっていても持ち出すときについつい一声かけたくなってしまう。所有権の概念が薄れたとしても私たちが人のものを持ち去っているのは事実だ。だからだろうか、断りを入れると少しだけ罪の意識が薄れてくれた。
カツカツと階段をのぼっていくが、一階以外は入院患者用の施設らしく、薬品や医療器具の類いはおかれていなかった。
「今回はハズレかな」
他人のものを拝借しているのにハズレとは失礼にもほどがあるとは分かっている。それでもやはりわざわざ来たのだから何かがあって欲しいと思ってしまう。
三階に上がってみるとリノリウムの床は全体を占めておらず、一部は開放された屋上に通じていた。期待も薄く病棟を回ってみたけれど、あるのは放送がなくなって久しいテレビやラジオ、紙くずになってしまったお金がいくらか残っていた、要するにゴミしか無かった。
数個の携帯電話が落ちているのも見えたが、現在ではトランシーバーで通信は出来てもインフラが崩壊しているので携帯電話は用をなさない。
『……ぷっ……こちら夏凜、天音、収穫は?』
ちょうど連絡が入ってきたので私も折り返し連絡をする。
『一階から三階まで探索、多少の医療品が一階にあったわ、二回と三回はダメね』
しばしの無音の後、夏凜から追加で連絡が入った。
『地下は調べた? ここは地下一階から地上三階建てよ、まあ西館の地下には死体安置所しか無かったからお察しだと思うけど一応探索しておいて』
いやだなぁ、私に調べろと言いつつ自分が言ったところに死体安置所しか無かったという情報が必要なのかなあ、明らかにその情報は要らないでしょ。とはいえ相棒にだけ探索をさせるわけにもいかないし、行きますかね。
一階に下りて廊下を一通り歩いてみると端の方へ上階への階段とは別のところに地下への階段がちゃんと存在していた。しょうがない、行きますか!
コツコツと靴と床が無機質な音を立てていく。電源が生きていれば光もあるだろうに、貴重な電灯を使うならそれなりのものが無いと腹が立ってしょうがない。
地下に降りて一本道の廊下を歩いて行くと小さな光が見えた。まさか未だに電源が生きているところがあったとは……
近づいてみて私は失望した。そこにあったのは長寿命の原子力電池が近接センサーで作動している電灯があるだけだった。おそらく放棄されてから誰も来なかったので電池の容量がまだ残っていたのだろう。なんにせよこの物騒な電池は汎用的に使用するのは難があるので外すだけ無駄か……
小さな緑色の明かりのところに着くと、テンキーパッドがついた扉があった。そちらも電源が生きているようで近寄ると薄く光り出した。
「パスワードなんて分かるかっての……」
そう思って入力装置に電灯を向けるとその上に小さな色あせた紙が一枚貼られており、四桁の数字が書いてあった。
「たぶんここが現役だったころにやってたらクビになったでしょうね……」
パスワードを付箋で貼るなと教わらなかったのか、あるいは今後来るかも知れない人に賭けて解錠のキーを貼って逃げたのか、どちらにせよ中身に期待は出来そうもなかった。
ピッパッポッピ
四桁を打ち込むと何のためらいも無く扉は開いた。中から光が溢れて目がくらむ。これだから遺跡探索は面倒なんだ。
中の部屋は真っ白で、中央に人一人が入れそうなカプセルがあった。マジで死体が入っているわけじゃ無いでしょうね?
部屋で唯一存在しているカプセルに近寄ると、そこにも付箋が貼ってあり『五十年以降で解錠可』と書かれていた。人類が激減してから早数百年、この付箋に書かれている程度の時間は間違いなく経過しているはずだ。
そこでひとしきり中央のカプセルを開けていいものかと考える。私たちはあの忌まわしいウイルスに耐性を持った人類だが、この中にとんでもない生物兵器が入っているという可能性はないのだろうか?
そう考えると何も収穫が無かったことにして帰還するのが正解のような気がしてきた。
しかし、しかし、だ。この中に貴重な食料や嗜好品が山のように入っている可能性はある。私は今危ない橋を渡ろうとしている自覚はある。しかし人は目の前に宝箱を置かれれば開けずには居られないものだと思っている、たとえそれがミミックだったとしても……
ピッピッピ
テンキーを操作すると、その上についている液晶に『UNLOCK』と表示されプシュウとガスが排出された。ヤバイ! 危険物だったかな!?
しかしその危険予測とは裏腹に、おそらくカプセル内を満たしていたのであろうガスが抜けきると、その蓋がガコンと開いていった。
ぎいいい……バタン
そこにいたのは黒髪の少女だった。美少女と呼んで差し支えないと思う。その服は入院患者のものであり、ガタンと開いたカプセルの下部からスリッパが出てきた。
「……ママ?」
「ママじゃないよ!」
誰だこの子は? 美少女なのは大変良いことだがこんな登場の仕方をされても困る。
「あなたは誰?」
「私は……えーっと……所謂ところのトレジャーハンターかな?」
盗賊とも言う。
「それで、あなたの方こそ誰なの?」
「私はここで寝てれば病気がよくなるって聞いたから寝てた。体が楽、たぶん病気は治ってる」
「そ、そう。よかったね」
どうしよう……生存者の確保ということで良いのだろうか? こういう出会いはまったく想像していなかった。私は自慢じゃないけど想定外のことに弱いんだ。
『ザザッ……こちら夏凜、なにか非常事態があった? 定時連絡が来てないわよ』
『こちら天音、緊急事態だよ! 助けて夏凜ちゃん!』
『すぐ行く! どこなの?』
『東棟地下一階、一番奥の部屋』
『了解! 死なないでよ!』
私はここに来た夏凜ちゃんにどう説明すれば良いのだろう? 私の不注意で生存者が出てきました? 監禁されていた人を救出した? 入院患者に生存者がいた? どれも正しいようで正しくない気がする。
とにかく、私は目の前の美少女を何とか生き延びさせる義務ができてしまったようだ。
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