当事者―●●た女の恋心―

 お風呂上りに丁度鉢合わせたお姉ちゃんに小言を言われつつ、私――関根美香せきねみかはそれを軽くあしらいつつ部屋に戻る。

 まだ身体に残る熱を感じつつ、部屋に入る。


「ふ、ふふ……ふふふ……」


 私しかいない部屋。堪える必要のなくなった笑みを漏らす。流石に大笑いしたら心配されるので、そこは我慢するが。

 ――何時間か前に、私は博隆さんに抱かれた。その事を思い出すと、嬉しくて嬉しくて、笑みが浮かんでしまうのだ。


「あ、そうだそうだ」


 思い出して、カバンを開ける。

 中に入っている黒い長髪のウィッグと眼鏡を取り出して、机の上に置いた。これはまだ使う必要がある。ちゃんと手入れしておかないと。


 昨日、博隆さんが牧田君から私を奪ってくれた――狙い通りだ。

 奪い取った直後だから、まだ博隆さんは私を愛してくれている。昨日も今日も、博隆さんは私を愛して抱いてくれた。まだ私が他人から手に入れたモノ寝取った女だから、愛してくれている。

 博隆さんは私自身美香を愛しているのではなく、人の女誰かのモノを愛している。彼はそういう性癖なのだ。

 それでも構わない。そこは理解している。後は如何に博隆さんを私から離れられない様にするかにかかっている。


 ――私が博隆さんを愛するようになったのは、ずっとずーっと昔の頃。

 元々は初恋の人だった。小さい頃、迷子になった私を助けてくれたちょっと年上の男の子がいた。その子――その人が博隆さん。

 不安で不安で、怖くて仕方なかった私に優しくしてくれた彼に、恋に落ちた。

 何時までも私はその初恋を忘れられなかった。成長して思春期になっても、周囲の男子に魅力を感じられなかった。

 そんな私にある時機会が訪れた。お姉ちゃんがある時連れてきた――正確には無理矢理ついてきた、というのが正しいのだけれど。まぁ、その時のお兄さんが博隆さんだった。

 博隆さんは素敵な男性になっていて、思わず見惚れてしまったくらいだ。ただ、何でお姉ちゃんと居るのかわからなかった。2人が付き合う、というようなことはまずありえないと私は思っていた。何故ならお姉ちゃんはもうその時には、誠也さんと付き合っていたのだから。

 お姉ちゃんは私と同じで、一途な人だ。幼馴染の誠也さんをずっと好きで、高校に入ってからどっちが告白したかは知らないけど、お付き合いを始めた。だからそんな誠也さんを裏切るような事をしないというのは確実だ。

 誠也さん……確かに良い人だとは思う。私にも優しくしてくれたけど、特に興味は持てなかった。誠也さんもお姉ちゃんの事が好きだというのは見ていてわかったし、私にとって『いいお兄ちゃん』という感じだ。

 そこから私は色々と調べてみた。博隆さんに告白したかったし、彼がお姉ちゃんにつきまとうような事をしていたのが気になったというのもある。

 頑張った。本当に頑張って、博隆さんの行動を調べて分かった事があった。

 博隆さんの性癖――他人の女性でしか興奮できない、という事だ。

 魅力的な人だから告白も多くされているようだけど、そういうのは全部断っているらしい。その代わり、恋人がいる女性は何人も手を出している。そのせいで、色々とトラブルを起こしているからわかったのだ。お姉ちゃんへのつきまといも、誠也さんがいたからだろう。それ以前は無かったみたいだし。

 困った。本当に困ったことになった。これじゃ、私が告白しても恋人になれない。

 誰か他の――クラスメイトの男子と付き合えばチャンスはあるだろうか。そんな事を考えたが、興味も無い人と付き合う気はなかった。相手にも申し訳ないし。そうこうしている内に、お姉ちゃん相手は無理だと悟ったのか博隆さんは疎遠になっていった。

 私の心から博隆さんは中々離れなかった。それでも、忘れるべきなのだと自分に言い聞かせる事にした。何時までも初恋を追い続けてもいい事は無い、と。だからといって他の男子と付き合う気なんかはなかったけど。


 そうしている内に時は経った。お姉ちゃんは大学生に、私は高校生になった。

 大学生になったお姉ちゃんはアルバイトを始めたりしたけれど、相変わらず誠也さんとは仲が良いようだった。羨ましいと思った。いや、誠也さんは相変わらずいいお兄ちゃんだけど。

 ある時の学校帰り。偶々友達と出かけていて、帰るのが遅くなった。そしてお姉ちゃんのアルバイト先近くにいた。時間的にバイトが終わる頃だったので、一緒に帰ろうかな、なんて思ってお店の方へと足を運んでみた。

 そこで丁度帰るお姉ちゃんを見かけたのだが、迎えに来ていたのか誠也さんも一緒にいた。腕を組んで、相変わらず仲が良い。

 そんなお姉ちゃんたちを見ている人が居た。


 男の人――博隆さんだった。


 その視線の先に居るのは、お姉ちゃん。またお姉ちゃんを狙っているような、そんな目だった。

 どうやら博隆さんは変わっていない――まだ恋人がいる女性が好きなようだった。そして、私も変わらず――まだ彼を愛している事を再確認する出来事だった。

 

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