当事者―●●れた男の困惑―

「……はぁ」


 俺――牧田悟は大きく溜息を吐いた。

 ――嵐のような展開だった。あっという間に訪れて、あっという間に過ぎ去っていった。自分自身でも、未だ何が起こったのか理解が追いついていない。

 気分を落ち着かせるため、手元のドリンクを飲み、ポテトを食べる。ギリギリまだ冷めていない。


(もうこの店、来れないかなぁ)


 少し落ち着いて、浮かんだのがコレだ。苦笑しつつもう一口ドリンクを飲む。

 うちの両親は共働きで夜は帰ってこない事が多い。その為晩飯代わりにこのファーストフード店をほぼ毎日利用していた。ジャンクフードが好きだというのもあるし、後は毎日ではないが、彼女と過ごす時間が好きだった。

 今日も彼女を待っていたのだが、訪れたのは知らない大学生くらいの男と、制服姿の見知った女子の顔。一瞬人違いでの相席かと思ったけど、ニヤニヤと笑みを浮かべて男の方が俺にこう言った。


「わりぃ。お前の女、貰ったから」


 ――言っている意味が解らなかった。

 何を言っていいのかわからず、唖然としている俺に男はずっとしゃべり続けていた。


「ああ、後ごめんな――初めても食っちまったわ」

「ダメだよ? 付き合ったからって油断してちゃ」

「まぁ次はちゃんと、手を出しておいた方がいいぞ?」


 男は優越感に浸っている様子で、口を挟むにも挟めない。その間、隣の彼女はじっとうつむいたままだったが、男の露骨な物言いと、肩に回された手――そして胸を揉まれて、少し恥ずかしそうな様子を見せていた。

 そんな感じの男に、途切れた一瞬に俺は言ってみた。


「あの」

「――あん?」


 水を差されたのが気に食わなかったのか、男が不機嫌そうになる。


「あの、言っている意味が、その、良くわからない、ん、ですけど……」


 言葉を選びつつ、やっと言った俺に男はわざとらしい大げさな溜息を吐いた。


 ――そこから、また長かった。長々と説教じみた事を言われた。

 何でこの男はそんな偉そうなのか。おかしい話だ。人のモノに手を出しておいて、何でこんなに偉そうに出来るのか。理解が出来ない。でも変にそんな事を言って殴り掛かられたりするのは嫌なので、黙っていた。


「まぁ、もう今更何言っても遅いか。とにかく――もう俺のモノだからさ。連絡とか、見かけても声かけたりとかしないでね」


 それだけ言うと満足したのか、男は勝ち誇った顔で立ち上がると、俺を見る事無く去っていく。その様子に隣の彼女は慌てて立ち上がり、ちらりと俺を見てこう言った。


「……ごめんなさい」


 それだけ言うと、彼女は男の後を追っていってしまった。


「……何だったんだ」


 残された俺に出来たのは、そう呟く事だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る