第3話

 サクちゃんがほとんど登校しなくなった。暑い夏休みが終わり、新学期が始まってしばらくしての出来事だった。まだまだ残暑が厳しい九月の後半から、サクちゃんの姿を校内で見かけることがなくなり、嫌な囁き声ばかりが大きくなっていった。事の発端は、田島くんが陸上部を辞めたことだ。夏休み明けに部長と顧問の教師のところへ退部届を出したらしい。彼は部のエースと呼ばれるまでではないが、入部してまだ半年、先輩や先生が引き止めるのも無理はない。その上、退部の理由をきかれても、田島くんは具体的な訳を話さなかったそうだ。「個人的な事情」の一点張りで、最後まで何も言わなかった。そのせいもあって、顧問の教師から担任へと話が回り、担任が田島くんの家へ心配の電話をかけるに至った。田島くんもまさか家に電話がかかって来るとは考えてもいなかったのだろう。何をどう伝えたのかは知らないが、穏やかな昼休みに彼の母親が学校へ来て、武川くんと話がしたいと言ったのだ。制止する教師を振り切って、廊下でいつものように俺たちと談笑しているサクちゃんを見つけ、もの凄い剣幕で激昂する母親に、田島くんは絶望の表情を浮かべていた。

「自分は親が医者だから好き勝手出来るのよね!でも啓介は違うの!お願いだから巻き込まないで!」

「お母さん!サクは関係無いって昨日も話しただろ!俺が決めたことじゃん!」

「啓介はこの子と一緒にいるようになってから、すっかり変わった!帰りも遅いし成績も落ちた!全部武川くんと仲良くするようになってからよ!これ以上息子の人生狂わせないで…!」

 サクちゃんは何も言い返さなかった。背筋を伸ばして田島くんの母親をじっと見つめ、大人から浴びせられる言葉を聞いていた。静まり返った廊下に、田島くんのお母さんの荒い呼吸の音だけが響く。

「すみませんでした。」

 真っ直ぐな声だった。深く下げられた頭と、そんなサクちゃんを苦しそうな表情で見つめる田島くんから目が逸らせない。

「サク、何で謝るんだよ!お前悪くないだろ!なぁ!」

「田島、お前陸上部辞めたの?なんで?…本当に俺のせいじゃない?」

 怯えた子供のような瞳を必死に取り繕って震えた黒目が、田島くんの逃げようとした両目を捉えて話さない。彼が部活を辞めるに至った直接の理由にサクちゃんはいないけれど、全く無関係だとは言い切れないことくらい、この場にいる誰もが察していた。彼は、サクちゃんと過ごす時間の方が、部活仲間と汗を流す放課後よりも魅力的だったのだ。そうしてサクちゃんを選んだ。サクちゃんのせいではないが、もう田島くんの中にはサクちゃんという存在が根付いてしまっている。

「…部活より、もっと楽しいと思えるのがサクで、みっちゃんで菊池でシオなの…。それってサクのせいじゃないよな?俺、悪いことした?お前らを選んじゃいけなかった…?」

 田島くんは困り果てた顔で自分の母親に問いかけた。あまりの悲痛さに、お母さんも息を呑む。

「だって…!この子は…良くない噂ばかりで…。どうしてここまで自由にさせておくのよ…!医者っていうのは忙しくて自分の子供のことなんて気にもしないのかしら。放し飼いで楽してるのね、きっと。みんなのお母さんもお父さんもきっと迷惑してるわよ!」

 最後の方はほとんど、機嫌の悪い子供の叫びみたいだった。みんな、の中に自分も含まれていることに腹が立ち、それでも何か言い返すことは出来なかった。大声で怒る大人の女性が怖いのはもちろん。自分の両親のことを考えてしまう。親には、サクちゃんと仲が良いことをずっと黙っている。いつか彼が俺の家へ遊びの誘いの電話をかけて来るのではないかと、怯えている。仲良くなれて、友達だと言ってくれて、あんなに嬉しくて今でも夢みたいだと喜ばずにはいられないくせに、親から否定の言葉をかけられることがたまらなく恐ろしい。それは、サクちゃんを悪く言われたくないという義の心情ではなく、ただ悪事の発覚に怯える子供のような情けない気持ちでしかない。サクちゃんと一緒にいることを、自分の中で悪だと感じてしまっている。田島くんの必死そうな横顔を見ながら、手のひらに嫌な汗が滲んだ。

「俺が全部悪くていいから、親がどうとか、そういうの言わないでもらっていいですか。」

 サクちゃん越しに田島くんの顔を見ていたつもりだった。より近くにいるサクちゃんの横顔が今までに見たことないもので、俺が思わず彼の名前を呼んでしまいそうになった。目の前にいる氷のような冷たい視線を送るサクちゃんは、本当に俺の知っているサクちゃんなのだろうか。

「もう今日は帰ってよ。家でちゃんと話すからさ。」

「二度と啓介に関わらないで。あなたの良くない噂は色々と聞いてるの。部活辞めたくらいで、なんて思うかもしれないけど、あなたと一緒にいたらだんだんエスカレートして、犯罪に巻き込まれたりしかねないのよ、あなたはそのくらい悪影響なの。」

 田島くんとお母さんは職員室へ向かい、俺たちは廊下に立ったまま午後の授業が始まるチャイムを聞いていた。


 サクちゃんが学校に来なくなったのはその日からで、一連の事件については校内の誰もが知るニュースとなっていた。田島くんもしばらくは欠席で、やっと見慣れてきたいつもの日常はすっかり消えてしまった。俺なんかからしたら、少し前の日々が戻って来ただけなのに、彼の笑い声が一切聞こえない毎日はあまりにも味気ない。十月末に迫る学園祭の準備で浮き足立つ雰囲気にも馴染めず、ただ渋くなる木々の葉の色に、彼の髪色を重ねるなんて、ラブソングもそっぽを向くようなことをしながら窓の外を眺めていた。


 あれだけ噂話が飛び交っていたのに、学園祭の準備が本格的になってくると、人の口から彼の名が出てくることは減った。田島くんも今では普段通りに登校している。サクちゃんを通して知り合った三人とは、今でも一緒に過ごしているが、みんなどことなく寂しげで、誰も口にはしないが、彼のことを思っているのは確かだった。十月に入り、あっという間に制服は冬仕様になった。いつも校則規定外のTシャツで過ごしていた彼は、学ランの下に何を着るのだろう。何を見てもサクちゃんことを思い出してしまう。サクちゃんのことだから、自由気ままに過ごしているに違いない。そう思って安心しようとしている自分にも気づいている。

「シオ、なにボーっとしてんだよ、お前が行くんだぞ。じゃんけん負けたんだからな。」

 ここは駅前の小さな商業施設で、今はクラスメート数名と演劇で使う小道具の買い出しに来ている。ロングホームルームの時間を使って校外へ出て来ている為、授業中という扱いだが、平日の昼間から駅のある町へ来ている非日常感にみんな揃って高揚しているようだった。

「わかったって。みんな炭酸でいいんだよね。」

 必要な物を買い揃え、学校へ戻る前に、人数分のジュースを自腹で買うじゃんけんをした。見事に完敗した俺は、自分を含めた四人分の飲み物を買いに、一人で駅前を歩き始めた。自販機はすぐに見つかり、スラックスのポケットから財布を取り出す。小銭を探しながら自販機に近付いたところで、視界の隅に、同じように飲み物を求めて歩いて来る人影を捉えた。ぶつからないよう顔を上げたところで、その人影と目が合った。

「あれ。」

「え、え?サクちゃん?」

 目の前にいたのは紛うことなきサクちゃんで、私服姿の彼はぽかんとした顔で驚いている。それ以上に驚愕しているのは俺の方だ。こんなところで、こんな風に再会するなんて思ってもいなかった。

「こんな時間にこんなところで何してるの?」

 そっくりそのまま同じ言葉を返すことも出来るが、彼にとっては今更だろう。俺は久しぶりに見たサクちゃんの茶色い頭に釘付けで、返事をするのに手間取ってしまった。

「学園祭の買い出しでちょっと。…サクちゃんは?」

 サクちゃんに学校のことを話すのはなんだか気が引けて、つい早口になってしまう。何も考えずに続けた質問も、果たしてきいていいことだったのかわからず不安になった。

「…人に会いに?ちょっと遠いから電車で行くんだ。」

 川へ行ったときよりもずっと軽装なサクちゃんは、川へ行くときより心なしかお洒落に見えた。誰に会いに、どこへ行くのだろう。

「そう。…気をつけてね。」

「…シオは、学校戻るの?」

 あ、と思った。思って、そしてもう動いていた。サクちゃんと目が合ったのに、すぐに逸らされて、諦めに似た微笑を地面に落とした。自惚れで構わない。我ながら恥ずかしいけれど、どうにもこうにも、行動に移さずにはいられなかった。

「戻らないって言ったら、一緒に連れて行ってくれる?」

 一緒に来てほしいと、彼の目が訴えていたように見えたのだ。サクちゃんは今度こそ本当に驚いて小さな声を漏らしたきり、次の言葉を見つけられずにいた。返事に迷わなくていいよ。ただ頷いてくれさえすればそれで。

「来てくれるの?」

「誰に会うのか知らないけど、道中の話し相手くらいにならなれるよ。」

 その程度でいい。俺の目には、俯いたサクちゃんが何か話したげに見えた。今を逃したらあの日のサクちゃんが言っていた、いつか、が二度と来ないような気がした。だから、連れて行って、彼の言う色々を聞かせて欲しかった。

「…学校、」

「いいよ。大丈夫だから。」

 どこからそんな自信が来るのかわからないが、俺はサクちゃんを目の前にして、大丈夫だと言い切った。後のことなんて何も考えられなかった。

「じゃあ、一緒に来て…。」

 嬉しいと思う気持ちを必死で押し殺したような、はにかんだ顔を見たら他のことなんてどうでもいいと思える。サクちゃんに連れられるまま、俺は特急列車に乗った。


 サクちゃんが目指すのは特急列車で四十分ほどの、ここより栄えた繁華街がある駅だ。乗車前にサクちゃんが買ってくれたペットボトルのお茶を片手に、彼の隣に腰を下ろした。特急とはいえ、横並びの普通列車なので運賃はさほど高くない。帰りの心配もいらないので、サクちゃんが話し始めるのをゆっくり待っていた。平日の昼間ということもあり、同じ車両には俺たちと、数名の乗客しかおらず、小声で会話をするくらいなら迷惑にもならなさそうだ。しばらくの間、サクちゃんは学校のこと、主に田島くんのことをきいて来て、俺もそれに答えていた。二つ目の停車駅でドアが開き、秋の風が足元を撫でていく。もうすっかり涼しくなったと、晴れた空を見ていたら、サクちゃんが唐突に口を開いた。

「…今日ね、これから…好きな人に会いに行くんだ。」

 座席に浅く腰掛けているサクちゃんは低い位置から俺の様子を伺うように、ちらりとこちらを見上げ、すぐにまた前を向いた。

「好きな、ひと…。」

 とても意外だった。サクちゃんは、女の子から密かに人気だし、派手な女の先輩から遊びに誘われたりしている。駅前で高校生くらいの女の人と歩いていた、なんて話も聞いた。けれども彼が誰かを好きだとか、こんな人が好みだとか、そんな話は風の噂でも本人の口からも聞いたことがない。俺の方からそんな話題を振ったこともないので、今回が初めてだ。興味が無いとは言い切れないが、実際あまり気にしていなかった。サクちゃんと一緒にいることにいっぱいいっぱいで、恋だなんて感情に鈍感になっていた。そうか、サクちゃんだって人を好きになるのか。当たり前のことなのに、何故か腑に落ちないような、しっくり来ない不思議な気持ちだ。

「うん。それでね、その…俺の好きな人、…」

 サクちゃんは正面を向いたまま、次の言葉を言い淀んでいる。とても苦しそうな顔で薄く開いた唇を微かに震わせている姿はひどく痛々しい。俺は彼の太ももに置かれた右手を左手で握った。体ごと彼に向き直る。サクちゃんは驚いてこちらを見た。目が合って、その瞳の哀しげな色に胸の奥が鋭く痛んだ。

「無理しないで…。すごく苦しそう。」

「…シオの方がずっと苦しそうな顔してる…。」

 サクちゃんは弱々しく微笑んで、視線を空席に戻した。安心させたくて触れてしまった片手同士を離すタイミングを失って、非日常な温もりが指の先に広がっている。

「俺の好きな人、男なんだ。」

 思わず溢れてしまった声と、感情とは無関係に引いてしまった左手。そのどちらもがサクちゃんの表情を曇らせた。

「…ごめん。」

 サクちゃんは咄嗟に右手を引く。そして笑いながら自分の左手で覆った。まるで震えを隠すみたいに。

「これが、いつかシオに聞いてほしいって言ってた色々のひとつ。ごめんな。こんなの、急に。」

 先程までより少しだけ声が大きい。強く握られた拳が車窓から入る光で断続的に照らされている。光と影が交互に入れ替わり、その中にいるサクちゃんの髪が、明るく煌めいたり、暗く沈んだり、緩やかなストロボを見ているようだ。俺は、自ら離してしまった彼の手を、今度は両手で上から握るように掴むと、こちらを向いてほしくて力強く引き寄せた。

「ごめん、なんて言わせてごめん。」

 突然のことに驚いただけだった。サクちゃんの告白に嫌悪も軽蔑も無い。何か言おうとしているサクちゃんの、何の言葉も出て来ない口が、どうして好きな女の子の話をしないのかようやくわかった。サクちゃんは男の子で、そのサクちゃんの好きな人も男だと言う。同性愛者、という言葉がぼんやりと頭に浮かんだ。

「誰にも、アイツらにも、親にも言ってない。地元を離れるまでは、黙っておこうって思ってた。いつか東京に行くつもりで、それまでは隠しとこうって。田舎で知られたらヤバいから。…ずっと秘密にしとかなきゃって思ってたけど、本当は…聞いてほしかった。話したかった。こんなこと言われたって迷惑でしょ…でも、シオに…シオにだけは言える気がしたの。」

「うん。」

 俺は浅はかにも、サクちゃんの唯一なのだという事実に喜びを感じていた。彼の心の内を想像すれば、なんて罰当たりな幸福だろう。

「どうしよう、シオ。こんなの、シオが困るってわかってるのに、シオに隠しておきたくなくて…ごめん。こんなこと言われて、どうしたらいいかわかんないよね。」

 手の中で、サクちゃんの拳がよりいっそう強く握られたのがわかった。いつも涼しい顔をしているサクちゃんの焦った表情は新鮮で、座って話しているだけなのに少しずつ息が切れていく様子はあまりにも悲痛だ。正直俺は、サクちゃんが誰を好きで、その好きな相手が異性だろうと同性だろうと何でもよかった。理解が追いついていないだけの子供だからかもしれないが、俺にとって重要なのは、彼が恋をしている事実と、それを俺に伝えてくれた今のこと。

「誰にも言えなかったこと、俺に話してくれたって、それがすごく嬉しいよ。サクちゃんが誰を好きになっても、それを俺に伝えてもまったく迷惑じゃない、困りもしない。…それだけ、信じて。」

 最後の一言だけは、口にするか迷った。それでも本心に違いないので言ってしまった。頼ってくれなくても、縋ってくれなくてもいい。ただ信じてほしい。俺はサクちゃんから何を告げられても離れて行ったりしないし、嫌いにならないと心の中で誓う。俺のこと、ただ信じて。

「…シオが優しくてよかった。」

 強く力を込めていた彼の指先が解ける。引き攣っていた表情も柔らかさを取り戻し、噛み締めた奥歯から力が抜けて、口元が綻んだ。緩やかに笑顔へと移り行くサクちゃんは、陽光の中で花弁を広げる春の花のようだった。優しさ、なんて美しいものじゃない。優しさ、なんて安くて易いものじゃない。特別な人の特別になれたことが嬉しいだけ。

「…優しくないよ。普通だよ。」

 普通だったら、同性に恋している友人に対して少しでも嫌な顔をするのだろうか。それとも、肯定するものなのか。肯定する、というのもおかしな話だ。俺がサクちゃんの恋をどうこう言うなんて。俺が、いいよ、と許可するものでもない。正解ってなんだろう。

「…そうだった。シオは変な奴だった。」

「もうそれでいいよ。」

 一応公共の場だからか、潜められた笑い声が体の震えとなって、肩越しに伝わる。重ねたままの手をそっと離した。手のひらにじっとりと汗をかいていたことに気が付いて申し訳ない気持ちになる。汗が冷えただけではないひんやりとした感覚は、包んでいた彼の温もりを思い出させた。その後、目的駅に着くまで、サクちゃんは誰にも話せなかった好きな人について、ぽつりぽつりと教えてくれた。相手は、週に四度頼んでいる家庭教師で、今は大学院に通っているらしい。サクちゃんのお父さんの知り合いの息子で、たまに一緒に夕食を囲むほどに家族ぐるみで仲が良い。その恋はサクちゃんが胸に秘めた一方的な想いではなく、向こうから告げられたもの。中学を卒業して家を出たら一緒に暮らすと指切りした約束。恥ずかしそうに、それでも幸せそうに話すサクちゃんの横顔。俺は、彼の隣で、彼の幸福を感じていた。サクちゃんは、廊下でふざけているときとも、川ではしゃいでいたときとも違う、同級生とは思えない大人な表情をしている。恋をした人は先に大人になるのか、それともサクちゃんが特別なのかはわからない。なんだか羨ましく思う気持ちの矛先は、恋を知っているサクちゃんに向いているのか、こんな表情をさせている相手へ向かっているのか、答えは出さずにおこうと思う。きっと考えたってわかりはしないのだから。


 目的地に近付くにつれて乗客が増え、俺たちはすっかり静かになった。駅についてからのサクちゃんはなんだかそわそわと落ち着きがなく、恋人に会う前の緊張感を漂わせている。俺はそんな様子のサクちゃんが愛おしくて、彼に気付かれないように笑っていた。駅の改札を抜けたところでサクちゃんは立ち止まる。目線の先、定番の待ち合わせ場所らしい広場は人で賑わっていた。

「いた?」

「うん。シオも会う?」

「え、いいよ。せっかく二人で待ち合わせしてるんだから、俺邪魔でしょ。」

 サクちゃんからの提案を断り期待が滲み出ている彼の背中を見送りながらも、その実、サクちゃんの好きな人が気になってしまい、そっとその細い体が駆け寄る先を見つめていた。彼が小走りで向かった先には、眼鏡をかけた男の人が笑顔で手を振っている。黒い髪は少し長くて、ドラマに出てくる俳優みたいにセットされていた。派手すぎないファッションだが、大人の男の人が着ているのでとてもセンスが良く見える。抱きしめようと広げていた両腕よりも随分手前で立ち止まったサクちゃんを無理矢理腕の中に閉じ込めて、嫌がる恋人に笑いかける姿は微笑ましかった。二人の邪魔をしないようにその場を立ち去り、来たときと同じように切符を買って帰路に着く。満たされたような欠けたような気持ちで電車に揺られる俺は、自分のしでかしたことの重大さに気付きもせず、呑気に微睡んでいた。

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