気付き②

 前のページの続きになります。


 手術が成功し、人工呼吸器での呼吸と、胃ろうによる栄養摂取ができるようになると、わかちゃんの世話も大分ラクになるそうで、そうなると、病院側としては、退院を勧めるそうです。

 まゆ夫婦は、自分たちの家でちゃんと育てる覚悟でおりました。


 でも、実際問題、無理があるんですね。ほんの少しの時間も油断ができない状態で、二人だけで育てるなんて。

 まゆは、そういう子供を持つお母さんたちのSNSでいろいろ話を聞いたり聞いてもらったりしているようで、人工呼吸器を着けている子たちを預かる施設もあるのだということを知りました。そして、親にとっては、その距離感が一番ラクだよ、と言われたようです。


 まゆは、預かって貰っている間、パートに出たりもしたいのだと言います。これから、どれくらいお金が必要になるかもしれないし。

 自分の気も紛れるだろうし、私も、それはいいんじゃないかと思います。我が子から自分の気持ちを逃がすわけではありません。我が子のために働くのですから。



「私な、二人目も欲しいと思っとんよ」

 まゆが、ぼそっと言いました。

「シンくんは、わかちゃんのことでいっぱいいっぱいで、そんなことまだ考えられんやろうけど」

「そっか」

「どうしても障害児の方に手を取られて、二人目の子に手が回らんかもしれんし、それをねられるかもしれん」

「そうやなあ」

「でも、やっぱりな、二人おってほしいかな、って」

「なかなか下の子に理解してもらうんが難しいと思うし、大変やと思うけどな」

 笑って言う私。ゆっちゃん(長女、重度の知的障害者です)ばかり贔屓して、差別して育てられたと、思っていたのはキミだよ?(笑)

「そこはな、ある程度大人にならんとわからんのや。しょうがないよ。下の子になかなか理解してもらえんでも、私はやっぱりわかちゃんのためにも、もう一人欲しいな、って思う」


 意外な言葉でした。


 わかちゃんの世話でいっぱいいっぱいで、そんなこと考えもしないだろうと思っていたので。二人目のことなんか、まだまだ考えられないと思っていたし。


 でも、考えてみれば、私だって、まゆがいてくれたから、自死を踏みとどまったこともあったのです。自分の体がいうことをきかなくなり、長女は重度の障害児。連れて行くことを何度考えたか。それでも、五体満足な次女を連れて行くのは不憫すぎてできない。だからといって、まゆ一人で置いていくことも私にはできなかった。残酷なことに、私は、まゆのことを、自分の命をこの世に繋ぎ止めておくための「足枷あしかせ」のように思っていたこともありました。

 でも、自分を取り戻し、ゆっちゃんもまゆも成長した頃には、まゆは私にとって当たり前のように、いてくれて有難い子、掛け替えのない子になっていました。当たり前ですよね。自分の命より大事な娘だもの。


「大人にならんとわからんこともあるよ」


 その言葉は、自分の覚悟であると共に、私に対する謝罪なのかな、と思いました。


「どんなに二人に同じだけの愛情を注いでるつもりでも、どうしても健常児には伝わらんこともある。子どものうちは、なかなかそこのとこわかってもらえんし、大変なことやで?」

 私が言うと、

「そんなの、私が一番知っとるよ……」

 と、言います。だけど……

「だけどな、私は、まゆがおってくれて良かったなと思うで。二人産んでてよかったな〜って」

 互いに、ちょっと涙声になりました。



 夕飯の時、夫にその話をしました。

「まゆは、まゆなりに考えてるんだな、と思ったよ」

 と、私が笑って言うと、夫も笑って言いました。

「よかったじゃない。緋雪が頑張ってきた甲斐があったんでしょ」

 と。


 涙が出てしまいました。

 

 頑張ってきたんだな、私。


 そんな私を見てきて、まゆが私の愛情をちゃんと受け取ってくれていたこと。自分を信じて、同じように二人目も産みたい、頑張りたいと思っていること。

 とっくに私の事など許していて、いつの間にか、大人になって、お母さんになっていたこと。


 まゆにも「気付き」があったんだなあと、私も気付かされました。



 だけど、そのために同じシチュエーションになる必要は全く無くて、わかちゃんには元気になって欲しいのです。まゆに同じ苦労をさせたくはない。 

 わかちゃん、お願い。目を覚ましてあげて。頑張ってるママのためにも。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る