浪人奮闘記

Kさん

第1話 終わりの始まり

落ちたか・・・。



なんとなくわかっていたことだが、実際に結果として見ると心にくるものがある。


今俺は合格発表が貼られた掲示板の前にいる。周りには合格を分かち合う親子と、おそらく不合格だったであろう子供を慰める親たちが渋滞している。


そんな中、俺は一人この掲示板の前で呆然としている。

なのに、いやだからこそ、涙は出なかった。

この大学がダメだとなるともう持ち駒はない。来年から大学生になる道が絶たれたと言っていい。

そんな状況の俺が考えていることは、親への連絡をどうするかということだった。


「はぁ、、とりあえず目薬でも入れないとな。」



家が荒れたのは3日後だった。

俺の今後についてといえば聞こえはいいが、要するに金だ。

浪人なんて親からしたら予想外に出費だろう。最近は両親が顔を合わせるたびにピリピリしている。

なら働けばいいのではないか。と思う人もいるだろうが、結論から言えばその道はない。

理由は両親がどちらも大卒の高学歴だという点。就職先もそこそこ知られている企業に就職している。

だからこそ、その子供を高卒で労働者にさせるという選択肢はなかったのだろう。

そういう環境で育った俺も同じくそういう考えを持っていた。


そんな俺は客観的に見たらかなり恵まれているだろうと思う。俺自身も恵まれている方だとは心の中では感じている。

だけど、今の俺がどう恵まれているというんだ。

・・・こればっかりは理屈じゃない。


俺の親は決して毒親というわけではない。ちょっと、いや、かなり学歴に対して敏感なだけでそれ以外は割と普通だ。両親の仲があんまりよくないのも、今の時代わりと一般的ではないだろうか。


そんな俺を人は可哀想な目で見ているのだろうか。

俺はそうは思えない。

どちらかといえば可哀想なのは俺じゃなくて親の方だろう。と客観的には思う。


俺は高校受験も失敗している。高校は私立の滑り止めに入った。

高校も大学も、俺はまともに合格というものを経験したことがない。


こんな経歴の俺だが決して不真面目というわけではない。真剣に勉強した上でこの結果だった。

ある程度の時間を浪費して、勉強に時間を割いた俺だから言えることだが・・・、

俺は受験勉強を頑張る「才能」が一欠片もなかったと思う。

そう才能がなかったのだ。



だが世間は勉強に対してはかなり辛い価値観を持っている。

世間は勉強に対しては「才能」のせいにしてくれない。スポーツについてはある程度寛容なのになぜなのだろうか。理不尽ではないだろうか。


だから世間的に見れば俺は「努力不足」の一言で片付けられる。俺の親でさえそう思っているに違いない。


親には迷惑をかけた。物理的にではない。俺はどっちかといえば優等生だ。単純に受験戦争に負けすぎた。俺が不出来なせいだ。


そう、俺はいつもこうやって自己完結してる節がある。悪いのは俺なのだと。

ちなみにスポーツは中学で辞めた。理由は高校受験に失敗したのだから勉強に集中しなさいとのことだった。

・・・辞めたくなかった。

俺はスポーツの方が得意だ。プロなんておこがましくて言えないが、県ではトップの成績を収めていた。・・・勉強で才能を微塵も見出せなかった俺にとって、部活の時だけはこのちょっとした才能に救われていた。


自分を保つためにも、スポーツは続けたかった。


だが、親はそんな道を肯定してはくれなかった。

思えばあの時が親に抵抗した最初で最後の瞬間だったのかもしれない。



・・・結局高校では成績は上がらなかった。大学にも正直興味はなかったが、いかないなんて選択肢はやはり思いもしない。


そんな曖昧な気持ちだからこそ俺は受験に失敗して今、浪人する選択肢を歩もうとしている。


それが今の俺だ。


何事からも逃げ、言いなりになり、何者にもなれず、負けて・・・。


・・・。


高校の卒業式にはでなかった。いや出れなかった。

高校生活は充実していたことは間違いない。だけど、進学でも就職でもない道を辿る俺が一体どの面下げて卒業というのだろうか。

大した進学高でもなかったうちでの浪人はかなりのマイノリティだ。


・・・。



高校を卒業してからは本当に早かった。

落ち込む間もなく予備校への登校初日がやってきた。



「頑張りなさい。」

初日の朝、そう送ってくれた親に対して、俺は顔を合わせることができなかった。

親にさえ劣等感を隠しきれない。


そんな自分に気づき、自分へのしょうもなさでまた自分を嫌いになる。


これからの自分に幸せな道なんてないのだろう。


そもそも何を持って幸せなのか。


浪人する以上、ゴールは大学合格だろう。


(なんのため?)


興味なんてないに等しいが、口先だけは大学に受かると言っている。俺のためじゃない。


(なんのため?)


答えなんて決まっている。周りの期待を裏切りたくないからだ。


(なんのため?)


今日も脳がこの自問自答をやめてくれない。


・・・今の俺は幸せと呼べるのか。


(俺は幸せか?)


・・・何言ってるんだ。俺は幸せじゃないか。

大学に行くために親は予備校にお金を出してくれている。いい大学に行けばいい将来が約束される。一度負けた俺に、また浪人というチャンスが与えられた。これを幸せと呼ばずなんという。


なのに・・・。


なのに俺はなんで泣いているんだ。


登校と出勤ラッシュの電車の中。

誰にも見られないように俺は溢れて止まらない涙を必死に噛み殺そうとしている。

だけど止まってくれない。

高校受験に失敗した時も大学受験に失敗した時も俺は涙を流さなかった。


それなのに・・・。

なんで俺はこんなにも涙が止まらないのだろうか。





俺はその日、


予備校登校の初日、


これからを占う非常に重要な1日、


そんな日なのに、


俺は最初のオリエンテーションに早速遅刻した。


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浪人奮闘記 Kさん @kocoa568

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