I

最後の戦い



 十一月六日。


 私は一体何をしてるんだろう。私達二人じゃ何も出来ない。何か出来るとも思わない。彼が居ないと駄目だ。彼の所在も分からない状態で戦うなんて無謀すぎる。


「これじゃ殆ど戦争だね。澪奈部長は大丈夫かな?」


「…………大丈夫。なのかしら。良く分からない。人を殺しても何とも思わなくなるのが大丈夫なら。そうかもしれないわ」


「人じゃなくてゲンガーね」


「見分け方がないのに。言い切れる証拠はあるの?」


 それもそうだ。ゲンガーを見分ける方法なんてない。それでも何とかして普段との違いを探ってどうにかこうにか偽物と本物とを識別してきた。でもそれも、状況証拠ばかりだ。私にもそれが本物かゲンガーなんて分からない。何処まで行っても多分そうであろうというだけ。



 彼が離れる原因を作ってしまった報いを受けるように、私達もドッペル団の名前を奪われてしまった。



 本格的に活動する前から止まっていたから、それ自体は何でもないけれど。こうして無差別に襲い掛かってくる人をいなして、時にゲンガーらしき人物を殺し続けていると大義とやらが行方不明になる。私達は何の為に戦っていたんだっけと不安になる。


「…………匠悟……」


「……澪奈はさ。匠君の事好きなの?」


 性別がバレている件については最近知った。女同士腹を割って話せる事もあるだろう。返事はイエス。首肯のみ返って来た。


「具体的には、何処が好きなの?」


「……特別な理由がなくちゃ。駄目なのかしら」


「特別な理由もなく人を好きになるのは変だと思うけど」


「そうかしら。私はただ。一緒に居て安心するから。好きで……確かに。意識するようになったのは。山火事がきっかけだけど」



 パンッ!


 


 ここは市街地の中にある廃墟の一室。今聞こえたのは銃声だ。警官が乱心したか、そもそもその警官がゲンガーなのか。平和だった景色はもう何処にもない。紛争地帯というには大袈裟だが、偽ドッペル団の犯行声明が全国放送された事で殆どの存在から良識が失われてしまった。


 一度誰かを見れば、襲い掛かるような人間も居る。


 いっそ手当たり次第に殺そうと発狂した人も居れば、


 良く分からないから取りあえず逃げるという人も居る。


 その反応は千差万別。しかしどう考えても人間の社会は半壊してしまった。ゲンガーがどれだけ浸透しているのかも私には分からない。混乱を手動してるのは間違いなくゲンガーだ。だから全員が理性的になれば騒動は収まるなんて思っちゃいけない。それを言い出せば、ゲンガーは理性的に混乱を起こしているのだから。


「そういえば澪奈部長には弟がいたよね? 大丈夫なの?」


「電話が繋がるなら。確認したいけど」


「あー、そりゃそうだ。電話だけ都合よく繋がるなんてある訳ない―――」



 プルルルルルル!



 澪奈の携帯が震えた。


「―――繋がってる、ね」


「こんな時にも繋がるのは。流石に不自然よ」


「取り敢えず出てみればいいよ。逆探知でどうのこうのってのは多分ないでしょ。指名手配されてるでもないし」


「一応、スピーカーにするわ」


 





『―――ああ、えっと。草延匠悟だ。二人共、元気にしてたか?』


























『匠悟!?』


 耳に障る。軽く音割れした声には間違いなく驚愕が含まれている。同時に、その困惑した表情も目二浮かぶようだ。あちらからすれば脈絡もなく連絡をしてきた状態なので無理もないと言えばそうなるか。


『色々あって戻ってきた。本当は直ぐに帰るつもりだったんだがなにぶん治安が悪すぎてな。徒歩で戻ってくる羽目になったし変な奴等はやり過ごさないといけなかったしで散々な目に遭ったよ。想像以上に治安が悪い。終わってる。まあでも、状況は全部把握してるつもりだ。ゲンガーの頭領についても判明してる。お前らが何処に居るか分からないけど、取り敢えず青義先生の病院で合流しよう』


『ほ。本当に。匠悟なの……?』


『ああ、匠悟だ』


『じゃあ。嘘吐いてる』


『ははは。そうなるな。良く分かってるみたいじゃないかレイナ―――ただいま』


『―――ッ!!』


 本当はもう少し話していたかったが、電話越しにもレイナがボロボロに泣き始めたのが分かったので一旦通話を終わらせた。本当に『他人事』が必要だったのは彼女のような一般人ではないかという気もするが、持ってしまった力は仕方がない。



「おはよう」



 隣で眠っていたアイリスが目を覚ました。煌々と輝く紅い瞳をこちらに向けて、ハッキリとした瞬きを繰り返している。


「おはよう。ここの寝心地最悪だな」


「かたかった」


 ここは誰かによって破壊され、誰かによって投棄された車の中だ。エンジンがかかるならまだ妥協したがそれすらもないならただのちょっとした閉所。抱き心地の最高な彼女が傍に居てくれなければ寝不足で電話どころではなかったかもしれない。


「あなたにいっぱいさわられた」


「誤解を招く言い方をするな。お腹周りを抱きしめてたまに撫でてただけだ。しょーがーねーだろここ固すぎて肩バキバキになるんだから。管神の地が今更物凄く恋しくなった」


 安心して眠れるだけマシだったのだと。何やらハードルの低くなった優良物件に管神がその名を記す。枕替わりのコートをアイリスに返すと、その下敷きになっていた紙をライターで燃やした。




 ―――偶然じゃないよな。




 明木朱莉の名前を書いたのに、真っ暗な夢を見る羽目になった。どういう状態だったのだろう、あれは。俺が死んでもその後は見えたのに何も見えないケースについて思い当たる節は無い。


「…………山羊さんと姉ちゃんは?」


「そとにいる」


「もう起きたのか。寝てない可能性もあるけど……俺達も起きようか。こんな廃公園を拠点にしてるとか完全に気分はレジスタンスだ。精々抵抗していこうぜ」


「きっとかてるよ」


「勝つんだよ。絶対な」


 車を出て空を仰ぐ。現在時刻は午前一時。ここにわざわざ来るような人間は居ないが、少し歩こうものなら懐中電灯片手にドッペル団を探すゲンガーないしは人間に出会える。あった所で何のメリットもない。殺そうとしてくるか捕まえようとしてくるかの二択だ。果たして人間とはそんな野蛮な生物だったか。




 ここに着くまでに、千歳と鳳先生が離れた。




 千歳の方はどうしても家に取りに行きたいものがあるらしい。鳳先生は『千年村での約束は無事に果たしたので帰ります』との事。自分の役割は本当に終わったと思っている様で、これ以上関わるつもりはないらしい。それについて切り出された当初、俺は身勝手な理屈だと主張した―――何故なら、彼の連れが既に二人死んでいる。浅見木冬と夕波英雄だ。鏡ゑ戯びのせいとはいえ連れを二人死なせておいて関係ないでは筋が通らないだろうと。


 ところが、



『あの二人は元々ウツシガですよ。約束を果たすには日数が必要だと考えていたので頭数として連れてきました。そういう目的だったので筋が通らないも何も……ねえ? あの二人は元々僕の命を狙っていたみたいですし、親友にも狙いを定めようとしてたので。その二人が死んだら僕の出番は本当にお終いです。後は頑張ってくださいねナムシリ―――や、草延匠悟君』



 そうやっていい感じに煙に巻いてくれたので、彼とは木辰を経由した際に別れた。だから合流予定の人を除けばここに居るのは姉ちゃん、俺、アイリス、山羊さんの四人だけとなる。とても少ない。心許ない?


 そんな事はあり得ない。特にアイリスと山羊さんは武闘派でもあるのでトラブルに巻き込まれた時は非常に頼りになる。


「匠ちゃーん!」


 足元の雑草を跳ね除けながら山羊さんが手を振ってやってきた。


「おはよ。よく眠れた?」


「不気味な夢は見たかな」


 ある意味だが。


「青義先生って人が居る場所までの道確認してきたよ。体調が優れないならあたしがおぶってもいいけど」


「おぶられるのは……遠慮しとく。俺、そんな事頼んだっけか。ぜんっぜん覚えてねえわ」


「色々あったもんね。ここに来るだけでも一か月かかったししゃーないよ。まだ休む?」


「やめとこうかな。こんな所で弱音は吐けない。なんせ俺は、山羊さんのヒーローだからな」


 ほんの冗談のつもりで未来を言ってみたのだが、俺の想像を遥かに超えて彼女は顔を真っ赤にした。普段は男勝りでサッパリした性格の山羊さんだが、この時ばかりは深窓の令嬢も斯くやと思われる初々しさを見せてくれた。


「な、なななな―――な、何いっちゃってんのさ!?」


「いい反応を見せてくれるな。今ので元気出たわ」


 そうだ。昔の俺はこんな感じで、もっと余裕があった筈だ。



 思い出せ。



 思い出さなければいけない。無意識に『他人事』を使えた時代を。草延匠悟の名を貰って間もない頃を。きっとそこに答えはある筈だ。


 明木朱莉の諸々を、思い出せ。昔は何でもなかった出来事も、今なら答えに見えるかもしれない。

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