影法師のレクイエム



 これでは『隠子』の時よりも悪質だ。


 ゲンガーも居て、ゲンガーではないが誤報のせいで死を嘘だと思ってる人間も居て、俺達のような前時代的価値観の人間も居る。まともである筈の価値観にこんな言い方をしなければいけない現状が腹立たしい。言うまでもなく形勢はあちら側に傾いている。


 確実にゲンガーなのは七人。あの時死んだ生徒の保護者だ。銀造先生はよく分からないが断定は出来ないので取り敢えずグレー。こちらからの情報はこれで終わり。


 一方でゲンガー側はというと、誰をどれだけ殺したかは分からないが奴等に殺された人間が復活するにはゲンガーになるしかないので仲間は把握済み。そうでない人間は殺されても抵抗しないゲンガー予備軍で、かくれんぼに生き残ってしまった俺達が紛れもない本物。ここまで判明している。抜け落ちるとすれば自首をしたらしいアクア君と千歳だけで、ほぼ隙がない。


「……匠。あれ、信用していいと思う?」


「疑う余地なんかあるか? 俺達の立場も考慮すればゲンガーの可能性は限りなく低い。そもそも味方なんてする必要ないからな。騙したとしても別に状況が有利になる訳じゃない。そもそもが圧倒的有利なんだから」


「でも心配だよ。君を助けた人なんだろうけど、万が一ってのはあるから」


「それを言い出したらキリがない。俺から見ればお前とレイナもゲンガーの可能性があるって事になるしな。よく考えろ、昔々の天才軍師様でさえ奇策用いなくても勝てるような戦は普通に戦うわ。正攻法で勝てる相手に搦手使っても変にリスクを取るだけ。信用するしかないんだよ俺達は」


 そんな風に言いくるめてはみたが、実際信用する理由は他の場所にあった。



 ―――あんな風に言われたら、信じるしかねえよ。



 善い人ではない。それだけは間違いなく言える。同時に、敵でもない。それもまた確かだ。俺が美子の自殺をきっかけにゲンガーと戦い始めたように、彼にもまた譲れないものがある。勝手な見解だが、青義先生はもう一人の俺だ。あの時、別の選択を取った俺。


「悪い。ちょっとトイレ行ってくる。お前は先にレイナと合流しててくれ」


「ん。分かったよ」


 二階のトイレで別れ、個室の中へ。俺はアクア君と千歳を入れたグループに向けてメッセージを発信する。



『それとなくPC室に集まってくれ』


  


 これを作ったのはついさっき―――というか、プールに隠れている時に作って招待をしておいた。あの二人も正気であるなら体育館から離れている筈だ。山羊さんは突っかかりそうなのに居なかったので多分居ない。レイナは最初に指示を出しておいたので絶対に居ない。


 俺の立ち位置は非常に複雑で、山羊さんが庇って死ぬ未来を誰にも教えず、アクア君との協力関係を朱莉に悟られない状態でドッペル団としての活動を十分にこなさなければいけない。千歳については、アクア君が明らかに話してくれたものとは違う理由で彼女を気にかけているので、この際それを利用させてもらう。朱莉も恋愛脳な側面があるので勝手に二人の関係を勘違いしてくれたら幸いだ。



『センパイ。私』


『アクア君に説明してもらえ。君の為にもデートはするよ。そうしないと怪しまれるから』



 だから俺は休みたいと言っている。休みたかったから節操なく女子との予定を入れたのに台無しだ。後輩を悪戯に怖がらせるだけに終わるとは。つくづくゲンガーという奴は恨めしい。孤立状態の山羊さんは…………



「もしもし」


「匠ちゃん……」



 電話を掛ける。それがしたくてわざわざ朱莉から離れた。しかし計画していたのはそこまでで何を言えばいいのかがとんと思いつかない。詰めの甘い奴だ。よくもまあこんな浅い考えで電話をしようなどと思い、実行出来る。


「…………ごめん」


 絞り出した末に出た言葉が謝罪。彼女を死なせたくないならネガティブな行動は慎むべきなのに。こうなる事を予想出来なかった自分が許せなくて、漏れてしまった。涙だけは努めて流さなかったが、声が少しおかしくなるのだけは見逃してもらいたい。


「……はは。匠ちゃんがあたしを行かせたくなかった理由が分かったよ。こりゃ、行かせたくないわ。あたしだって逆の立場なら殴ってでも引き留めるもん。だから謝る事なんかないよ。匠ちゃんがまともなのは知ってるから」


「山羊さんやめてくれ。俺は悪党だよ。人を殺してる」


「皆そうじゃんかッ。自覚がある方が悪くてないのが良い人なんておかしいよ。そりゃ殺すのはいけない事だけど……匠ちゃんは偽物を殺してるんだし」


「でも殺人は殺人だ。それに山羊さん、気付いてるか? 毎日毎日性懲りもなく誤報を続けるメディアのせいで、一部地域の人間は『死』を嘘だと思ってる。警察の方も人を殺しましたと自首するのはいいが嘘を吐くなと手を焼いてる。ゲンガーを狙って殺さない限り殺人なんてもう起きないんだよ」


 そして度重なる誤報を経ても尚、平然と報道を続けるメディアは恐らく手遅れだ。嘘も百回言えば真実になる。それっぽく辻褄を合わせれば陰謀論。今の誤報はそれと同じ。厄介なのは死の逆転自体は実際に起きているという事。起きているのと起きているように見えるでは全然違う。主に信じる人間の数が。


「俺の言いたい事、分かるか山羊さん」


「分かんない。分かりたくないよッ」




「殺人は、本物の人間だけが行える特権行為になっちまった」


 



 それは究極の矛盾。人を殺す事で人を証明するなんて間違っている。しかしながらそれもまた事実だ。ゲンガーが人を殺せば誤報が生まれる。ゲンガー同士で殺せば同じ現象くらい起こせそうだが、恐らくゲンガーには共通の合言葉のような何かがある。大神幸人ゲンガーの時、心なしか動きが遅れて見えたのはそのせいだ。


「もう人でも人じゃなくても、どっちもロクデナシだ。この地域じゃ少なくとも山羊さんみたいな存在が珍しい。星見祭。純粋に楽しみたかったんだけどな、聞くしかないかなー――」



「逃げるなら協力するぞ」


「あたしは匠ちゃんの味方だよ!」



 意見が食い違う。


 一筋縄では下がってくれないようだ。



「逃げないよ。友達を見捨てて逃げるなんて出来ない」


「その友達に逃げろと言われてもか?」


「そういう時って、大体死を覚悟してるよね。そりゃ、あの異常な光景を見て吐いたよ。三回くらい吐いた。今トイレだもん。そんな情けないあたしかもだけど、一人だけで逃げるのは嫌だッ」


 物理的に現場を遠ざけて未来を変える作戦は失敗か。山羊さんは強情な所がある。最初にイジメられていたのはどう考えてもこの気質が余計な連携を発揮したに違いない。


「…………………分かった。じゃあ、また後で。一人きりになるのが一番危ないからそろそろ戻れ。夕食も終わるだろ」


 返事も待たず一方的に通話を着ると、トイレも流さず廊下に飛び出した(別に何か排泄した訳ではない)。























「センパイッ! ゼンパイッ! センパイッ!」


「遅かったすねー」


 PC室に合流すると、千歳が胸に飛び込んできた。現場から随分離れた場所でもその取り乱し方は尋常ではない。話を聞くに仲の良かった友達も平然と吹き矢で会長を狙い、大釜に飛び込んだ生徒を食べ始める光景に動揺。アクア君が落ち着かせてみたものの、現在半ば錯乱状態にあるとの事。


「それで、草延先輩に引き継いだら収まるかなって」


「根拠は何だよ」


「何もありません。単に俺の手に負えないってだけなので」


 とてもとても話し合いに参加出来る状態ではない。後輩の背中を抱き留めながら近くの椅子に座って残る生存者と向き合った。朱莉、レイナ、アクア君、千歳。そして現在孤立中の山羊さん。それは仕方ない。下手に参加させれば死期を早めそうだった。


「えーと。成り行きで仕方なかったんだが、アクア君も俺達ドッペル団の事は知ってる。だからここからは仕事だ。いいな」


「じゃあ、メンバー加入って事? 全会一致は?」


「取ってないから補欠って形だ。行き過ぎた秘密主義は俺達の不利にもなると思ったが、ごめんな。許してくれとは言わないが、ただ、この状況を打開する為にはまともな人間が必要だ。早速だが俺達の目標は変わらない。改めて言うなら……」








「ゲンガー全員の殺害だ。最悪九割以上の生徒を殺さなきゃいけなくなる。殺人犯から殺人鬼になる準備はできたか?」

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