正しい死に方を教えてくれ



 人には欲求がある。


 睡眠欲を満たさねばままならない何かはあるだろう。


 食欲を満たさねばままならないモノもあるだろう。


 性欲を満たさねばままならない人間も居るだろう。



 これは何だ?



 殺人欲なんて存在していいものなのか。人間の倫理なんて不確かな基準に反するのではないか。不確かだからこそ反した所で問題がないのか? 否、そんな曖昧な話では済まされない筈だ。殺人とは罪。これは倫理ではなく法律の話。残念ながら何処の国にもゲンガーに対する法律などは存在せず、『本人』が生きている以上は殺人罪など現行犯でもないと―――いや、無理か。結局生きてしまっている。『人』が死んでもないのに殺人罪は適用出来ない。山本ゲンガーの一件から、傷害罪も難しそうだ。


「……」


 生徒会長は瞬く間にハチの巣にされた。群体恐怖症の人間が見たら嘔吐間違いなしというくらい滅多刺しにされて、息絶えた。生徒達は殺人に対して最早何の躊躇もない。本物ではある筈の生徒会でさえ淡々と死体をステージ裏に運んでいくばかり


「…………ぅ………………」


 気の緩んだ様子で誰が最初に殺せたかを語り合うクラスメイトと他の学年達。直近では山本君が顔を真っ青にしてその場に蹲っていた。



「お、どうしたゲン? 体調悪い感じか?」


「保健室行ってこいよ」



 やめろ。


 善人ぶるな。お前達の様な狂人ないしはゲンガーが当然と常識に則るんじゃない。





「はーいお疲れ様でーす! ばっちり殺されましたねー。俺を殺した人ですがー、それは夜の部がスタートしてから生徒会の方でこっそりお知らせしたいと思いまーす。それと、これ以降の殺人はお控えください。星見祭の趣旨がぶれますので―――」


 




 山本君に気を取られている内に生徒会長が復活してしまった。これでまた『本物』が居なくなった訳だが、もうどうでも良くなってきた。こんな場所に居ると頭がおかしくなりそうで……或いはもうおかしくなっているのかもしれない。人を殺すのは悪い事ですか? 滅多刺しにするのは。バラバラに切り刻むのは。悪行なのでしょうか。


 昼の部が嘘のようだ。あの時はまだ純粋に楽しめた。他の人間もここまでおかしくは……おかしくはなっていない。今も気の良い奴等だ。致命的に価値観がズレているだけ。ここまで軽率に死を持ち出されると、山羊さんも死にやすくなってしまう。どうにかしないと。どうにか出来るのかは分からないが。



「―――という訳でございまして。長々と喋ってしまい大変申し訳ございませんでした。夕食はバイキング形式を予定していたのですが、予算の都合と食事の陳腐化をきらいまして、今年はうちの副会長と書記が自ら食材となって振舞われる事になります。こちらに大釜を用意してあるので、我こそはという人は是非とも食材となっていただきたいですねー」



「朱斗。出るぞ」


「う、うん」



 もう駄目だ。


 頭がおかしくなる。味覚が狂う。目を疑う。羽虫のように擦った高い声など聴きたくもない。アレはダメだ。あれはだめだ。アれはダめだ。あレはだメだ。アレハダメダ。これ以上は。きっと知ってはいけない領域。


『知りすぎれば身を亡ぼすよ』


 マホさんが俺の心の何処かで囁いたような気がした。そう、ここからは人間の領分じゃない。ゲンガーのゲンガーによるゲンガーの為の食事会。まともな俺達は早々に退場すべきで、それが正しい判断で。誰も傷つかないやり方。


 去り際、視線を感じたので振り返ったら銀造先生と目が合ってしまった。トイレに行ったのだと思ってくれれば何よりだが、何が起きるかさっぱり予想出来ないので自分達の教室まで小走りに切り替えた。






















  



「全員。馬鹿だ」


 意識的に『他人事』の考え方を使い、どうにか精神の安定を保っている現状。それこそ馬鹿みたいな隠れ方をしたツケで大変な空腹に見舞われているが、だからと言って人間食に手を染める気は毛頭ない。『死』の概念が嘘だったとしても、当たり前の様に自殺するのはどうなのか。


「……実は携帯食料持ってきてましたって展開はあるかい?」


「ねえよ。俺は普通に過ごしたかった。休みたかったんだ……星見祭なんて実質昼で終わってる。もう……しんどい」


 誰かの机に突っ伏して頭を抱えると、朱莉がそっと俺の髪を撫ではじめた。


「生憎、私も持ってきてないよ。注意すべきは銀造先生とあの保護者ゲンガーだと思ってたからね。まさかこんな大攻勢に打って出るとは。ゲンガーは互いの正体を見破れないから協力してるとは思えないんだけど。ここまで來ると今回だけは例外って見た方がいいのかな。山本君の時みたいに未熟なゲンガーが居て、思い切って協力を持ちかけたみたいな」


「そんなの分かったってどうしようもない。今は栄養食品でもいいから何か腹を満たすものが欲しい。今は何か考えても全部雑念にしか思えない」


「お昼のお弁当がどこかに残ってたら……あるかなあ。職員室の冷蔵庫でも漁りに行こうか? 動くのが億劫なら私が代わりに行ってあげるけど」




「素晴らしい友情を育んでいる所大変申し訳ないが、その問題は僕が解決しよう」




 昼に聞いたばかりの低い声。その矮躯は中学生を彷彿とさせるが、深すぎる目の隈があどけなさや幼さと言った子供の要素を完全に排除している。紛れもなく大人である筈の男が、うちの学校の制服を着て、クラスメイトと言わんばかりに入ってきた。


 突っ伏した頭も、反射的に持ち上がってしまう。


「青義先生……?」


「こ、コスプレ……?」


「ふむ。コスプレと言えばそうだろうな。僕は高校生ではないから。しかし幸音君に着せても齢は誤魔化せないから消去法で僕が着る事になったんだ」


「は? い、いや。え? あの、そういう問題じゃなくて。何で居るんですか?」


 外部の立ち入りは文化祭と違って制限されている。昼の部はまだしも、夜の部は完全に生徒と教師の身内ノリが炸裂する時間帯だ。そこに医者の介入する余地は事故でも起きない限り存在しない。コスプレしてまで留まる理由も同様。青義先生は「暗いと気が落ち込むよ」と言って電気をつけると、その手に持っていた物を机の真ん中にどんと置いた。


「……カップ麺。増量版?」


「一つしかないので二人で分けたまえ。僕の事は気にしないでくれ、浮いた分のお弁当を食べたから。はいこれ、割り箸二つ。男女仲良く食べたまえよ」


「―――! あ、青義先生ッ。ぼくはおと」


「性自認の話なら申し訳ないが、身体的な話なら誤魔化せると思わない事だ。僕はこれでも医者の端くれ。見ただけでも性別くらいは分からないとね」


 得意げに微笑みながら、青義先生は近くの椅子を引っ張って俺達に向けた。誰かに見られながら食事をするなんて破廉恥とは言わないが凄く恥ずかしい。改まった雰囲気のせいもあるだろうが、何故カップ麺一つに対して割り箸を二つも用意出来たのか。作為的なモノを感じるが、そこまで含めて雑念だ。


 諦めてお湯(青義先生の水筒)を入れてから三分。箸を割ると、二人で中身をつついて食べ始めた。直箸はこの際気にしない。人を食べるより遥かにマシだ。


「僕がここに来た理由だったね。それはあの不思議な人体を研究する為だよ」


「は? 不思議な人体?」


「それってゲンガーの事ですか?」


「ゲンガーと呼んでいるのか。ふむ。では統一しよう。実は僕もとある理由でそのゲンガーを狙っている。きっかけは偶然だったが、たまたま僕の逆鱗に触れてくれるとは中々肝の据わった連中だと思ってね。今は捕まえ次第君達の様に解体して体の構造を調べているんだよ」


 当然の様に語られる情報に理解が追いつかない。麺で咽て、咳込んだ。


「ちょ―――ッ! は、話が早いですよ。何で俺達がバラしてるのを知って……」




「もしかして。死体の隠し場所に立ち入ってたのって先生ッ?」




 何の話かと思ったが、焼肉屋でテストの打ち上げをやっていた時に出てきた話題だ。因みに死体の隠蔽は朱莉の専売特許なので彼女以外隠し場所は誰も知らないが……リスクのない場所と言われたら一つしか浮かばない。


 そこは火事が起きたせいで今はみすぼらしい事になっているが、土は健在なので隠し場所としてはまだまだ十全に機能するとは思う。むしろ火事のお陰で火葬の手間が省けているのでは?


「立ち入ってたとはまた語弊があるな。僕も使っていた場所だ。月巳の方は山を使うと患者と神に怒られそうだが、ここはそんな曰くもないから使いやすくて助かるよ。しかしこれまでに五体か。捕まえてから調べるのは簡単なんだが捕まえるまでの判別が難しくてね。僕は積極的な殺人はしない主義だから、出来るだけ人は殺したくない。そこで幸音君に調べてもらったところ、ゲンガーが居る可能性が高いのはここではないかという結論に達した」


「過程すっ飛ばし過ぎて不自然なんだが」


「調べたって、何を調べたら私達の所に来るんですか?」


「単純にここは生徒数が多いからゲンガーだって居るだろうという浅い考えだ。結果は大正解だったがね」


 積極的な殺人をしないと言いつつ、ゲンガーに対する殺害に躊躇いはないか。俺達と同じ考えなのかとも思ったが、多分違う。積極的な殺人をしないだけで殺人はする。言外の意図からして彼は正真正銘の犯罪者だ。


「…………じゃあ何で、あの時俺を尾行してた救世人教の奴を殺したんですか? 見た目から分からないのに。殺せる筈がない」


「ん? 比較対象が居ないと分からないだろう。只の人間とゲンガー。両者の生体か死体がないと違いを見分けようにも難しくなってくる。だからどっちでも良かったんだ。僕は宗教というものが嫌いだし、ゲンガーとやらを殺す為には必要な犠牲だよ」


 青義先生から貰ったカップ麺を食べ終えた。ゴミの処分は彼が勝手にしておいてくれるらしいが、その前に尋ねないといけない事がある。


「先生。色々語ってくれた瞬間で悪いんですけど。どうして俺達の所に?」


 それが分からない事には俺達も判断を下せない。



 坂吊青義は敵なのか、味方なのか。



 彼は「おお」と手槌で掌を叩くと、教室の外を確認してから言った。





「や。大した話ではないよ。今度からゲンガーを殺したら僕に融通してくれないかと言いに来ただけだ。いわばビジネスだね」


「金の話みたいに言われても困るんだけどな……」


「俺達のメリットは?」










「ゲンガーと普通の人間には必ず相違点がある。それが分かったら教えるのと、何かあれば無償で治療を引き受けよう。死体を提供するだけで何もかもタダになるなら安い話だと思うんだけど、どうかな?」

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